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第13話 出立の朝

七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。
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出立の朝


 経緯は省略して王都に行く話をするとパーシヴァルは喜んだ。

「お母さん、王都にはどうやって行くの?」
「辻馬車を乗り継いでいくことになるかしら」

「ちょっと待て」
「ちょっと待ってください」

 母子の会話にヒューバートとミロが同時に割り込む。

「君たち二人だけで移動するなんて危険だ。俺も王都に戻るから一緒に乗っていけばいい」
「そうですよ。閣下の馬車なら安全ですし、旅費も浮きますよ?」

 辺境の街から王都まで順調にいっても七日、馬車代に宿代と旅費もかかる。
 ちょうどよい感覚で宿場町があるが、場合によっては野宿をする必要もあることを思えば子連れ旅より護衛騎士付きの旅のほうがはるかに安全である。

「お言葉に甘えさせていただきます」
「気にしないでくれ。馬車や宿の手配もうちの者がやるから」

「いえ、そこまでやっていただくわけには」
「大丈夫ですよ、アリシア様。閣下は生きているうちには使いきれないほどのお金持ちですからね。墓場に資産はもっていけません、我々も協力しなくては」

 ミロの屈託ない言葉にアリシアはクスリと笑う。
 そんなアリシアを見たヒューバートは複雑な顔でミロに金貨を一枚放って、護衛や使用人たちと好きに使えと太っ腹なところを見せた。

(侯爵様はパーシヴァルの父親として手助けを申し出ているのだわ。頑なに拒否するのも格好悪いわよね)

 頑なに拒否してはまるで過去を恨んでいるようだ。
パーシヴァルの父親がヒューバートであることを認める以上、彼の手助けを受けいれることも必要なのだろうとアリシアは考えた。

「ありがとうございます」
「明日、ミロを行かせるので必要な物を準備するといい……二日酔いで使いものにならなかったら別の者になるがな」

 「大丈夫ですって」とミロは自信ありげに答えた。

「あと荷物は全てヒューバート商会か侯爵家のものとするから、何でも買ってくれて構わない。請求書も俺のほうで処理するから」

 意味を掴みかねて首を傾げるアリシアに、そうすることで万が一のとき荷物に補償がかかるのだと説明した。

 本当は彼らに何かしたいだけで、保険は口実。
 旅の経験が多いヒューバートはこの街道が比較的安全なことを知っていたが、「万が一」ということでアリシアたちが自力で行くことがないように念を押したのだった。

「ねえ、野営もするの?」
「いや、この街道は古くて宿場町がいくつもあるから夜はその町の宿に泊まる」

 急いでいる場合は夜通しの移動もあるが、安全だけを考えれば日暮れ前に街に入ったほうがはるかに安全だ。
 ヒューバートはアリシアたちを危険にさらすつもりは一切なかった。

「野営って面白そうなのに」

「パーシヴァル様、俺たち護衛もしっかり寝ないと。万が一のときに戦えないと困りますから」
「そうよ、無理を言ってはいけないわ」

 騎士たちは馬に乗って周囲を警戒する。
 彼らの体力を回復させることは旅の安全に欠かすことができない。

 特に今のアリシアは取り立て屋たちに狙われている。
 自分が女で子どもを連れていることを思えば、絶対に安全を軽視してはいけないとアリシアは自分を戒めた。

(気まずいなんて大した問題はないわ)

 一方で、ヒューバートはアリシアが一緒に王都まで行くことに同意したことに喜んでいた。

 もちろんこの提案は安全と費用を考慮したものであるが、ヒューバートにはアリシアやパーシヴァルと過ごせる時間を作ることができたのだ。

 息子であるパーシヴァルはともかく、元妻でしかないアリシアとはここで別れればもう会う理由がなくなる。

 もちろんこれが単なる先延ばしで、王都で別れたらそこでお終いなのは変わらない。 
 アリシアが希望すれば帰りの馬車も護衛も提供するつもりだが、その馬車にヒューバートが乗る理由がない。

 婚約者でも夫婦でもない二人には一緒にいる理由が必要だった。

「ねえ、ミロさん以外に護衛の騎士さんは何人いるの?」
「今は俺を含めて三人です。閣下がいま領地から追加の騎士を呼んでいるので、出発は彼らが到着したあとになりますね」

 早くいきたいといって翠色の目を輝かせるパーシヴァル。
 彼は曰くのある父親の自分よりミロのほうが話しやすいようで、自分に対するより何倍も砕けた様子を見せる姿にヒューバートは少しだけミロに嫉妬した。

「楽しみだね」
「そうね。侯爵様、よろしくお願いします」

 そんな愚かな嫉妬も、ヒューバートに向けられたアリシアの瞳に灯る信頼に霧散する。
 同じ信頼がパーシヴァルの瞳にも灯っていて、

(いまはこれで満足するしかないのか)

 王都に行っても二人には傍にいてほしい。
 そんなことを言ったらいまある信頼もなくなってしまいそうで、ヒューバートはそんな願望を心の奥にそっと押し込んだ。

***

「お母さん、いい天気だよ。僕の”ひごろのおこない”がいいからだよね」

 パーシヴァルの自画自賛にアリシアは苦笑しながら、荷物を詰めたトランクを騎士たちの手を借りて馬車にのせる。

 貴族仕様の馬車に一台に、貸し馬車の中でも最上位クラスの馬車一台。
 そしてその周りには立派な体格の馬と騎士たち。

(なにごとかと思うのは仕方がないわよね)

 アリシアの家の前にある細い道の交差点。
 そこに集まってこちらを見ながらひそひそ話す町の住人たちにアリシアは苦笑した。

 中にはこの家の貸し主だった老婦人もおり、軽蔑に染まるその目に彼女たちはアリシアがヒューバートの愛人になって出ていくと思っていることを察した。

(侯爵様が愛人を迎えにきたのだと思われているかもしれないわね)

 人々の目はパーシヴァルとヒューバートの間を行き来している。
 特徴的な黒髪を除いても、顔の造詣がそっくりな二人を見れば親子だと分かるだろう。

「店のほうに荷物を運んだ騎士たちも戻ってきたようだな。本当にこの家を出てもいいのか?」
「あそこにいる方々の目をみてください、戻ってきてここに住み続ける勇気はありません」

 店のほうは祖父ルーカスの資産なので、新天地が見つかったら彼が全ての荷物を送ってくれることになっている。

「俺のせいか?」
「望んだタイミングではなかったのは確かですが、キッカケになりました。ここでの商売に限界も感じていましたし、新しい店を構える土地の下見のつもりで王都まで行こうと思います」

 アリシアが前向きであることにほっとしたのか、ヒューバートの肩から力が抜けた。  

「お母さん、出発するって」

 一足先に馬車に乗り込んだパーシヴァルの嬉しそうな笑顔にアリシアは微笑み返す。
 再スタートは苦労するだろうが、パーシヴァルが笑顔でいられれば大丈夫だとアリシアは確信する。

(王都での再出発を考えているのだけど……私たちが王都に住むことになったら騒ぎにもなるだろうし。侯爵様もどう思うかしら)

 アリシアが王都を第一候補にするのは顧客を考えてのこと。

 ヒューバートが理由ではないし、ヒューバートに迷惑をかけるつもりはない。
 再婚の邪魔だってするつもりはなかった。

(貴族と庶民では生きている世界が違うから大丈夫でしょうけれどね)

 パーシヴァルは別として、アリシア自身はヒューバートが望まない限り会うつもりはなかった。

(あ、でもノーザン王立学院のことは相談してみないと)

 アリシアはパーシヴァルの新しい学校にノーザン王立学院を考えていた。
 歴代のレイナード侯爵たちがその学院を卒業していることもあるし、アリシアの知る限り最高の教育機関だからだ。

 庶民は少ないが学院の門戸は誰にでも開かれているためヒューバートの手を借りずとも入学はできる。
 しかし、レイナード侯爵の後ろ盾があればより一層確実であり、安心でもある。

 天気もいいし、予定より早く出発できた。
 幸先のいい出だしに馬車の中は穏やかな空気が流れていた。

「ふかふか……眠くなりそう」

 その言葉通り、しばらくするとパーシヴァルは舟をこぎだした。

「昨夜は興奮していましたから」
「この子にとっては大冒険だろう」

 初めての旅に興奮していたパーシヴァルは昨夜の寝つきが悪かった。
 ヒューバートとミロが来た瞬間にパッと元気になったが、それまでは眠そうだった。

(膝枕したほうが眠れるわよね)

 窓枠に頭をぶつけそうなことに心配したとき、窓から見える風景にアリシアは馬車を停めて欲しいといった。
 首を傾げつつも、ヒューバートは御者側の壁を叩く。

 馬車は街の門を出て直ぐのところで停まる。
 アリシアは後ろについた窓から街の門を見た。

 何年たっても、何をしても、アリシアたちを『余所者』以外の目で見ることはなかった街。

 ここはアリシアのいる場所ではなかった。
 王都に行くという孫娘を引き留めるわけでもなく、寂しそうではあったが頑張れとその背を押したルーカスもそれは分かっていたのだろう。

 アリシアが姿勢を戻して礼を言うと馬車はふたたび走り出した。
 今度こそアリシアはパーシヴァルの頭を自分の脚の上に乗せたあと、チラチラとヒューバートを見る。

(あれはおじい様の仕業よね)

「どうかしたか?」

 首を傾げるヒューバートの頬は赤黒く腫れている。

 国境に近い辺境の街は荒くれ者が多く、荒事もそれなりにある。
 そんな街の顔役であるルーカスは直情型で、言葉での仲裁よりも腕に任せた力業での仲裁のほうが遥かに多かった。

「祖父が、その、申し訳ありません。まさか侯爵様に手をあげるなんて」
「気にしないでくれ、激励もあるようだし」

「そんなに赤……黒?く腫れるほど叩くのが激励、ですか?」

 意味が分からないというふうに首を傾げるアリシアにヒューバートは何も応えず、笑顔を向けるだけだった。

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酔夫人のひとりごと

 まるで梅雨のような天気ですね。

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