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第22話 友人の奇公子 【第2章】

七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。
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友人の奇公子


 演劇の街を出発した馬車は、低い丘をいくつか越えて平野に出た。
 ここから王都までは平らで見通しのよい道となるため、護衛騎士たちは少しだけ緊張をといた。

 遠くに次の街の尖塔が見える。

 その街を領地とする公爵家の家訓『時は金なり』を象徴する時計台。
 この街が『時計の街』と呼ばれる所以でもあった。

 馬車は順調に進んでいたが、護衛騎士が騒めき出したことに気づいたヒューバートは窓を開けて何があったかとミロに尋ねる。

「ティルズ公爵令息の馬車がこちらに向かっていると報告があります」
「進路を変えろ」

「無茶を言わないでください」

 馬車が走るここは整備されているが、進路を逸れれば大きな石に太い枝。
 馬車が通れる道ではない。

 そんなに嫌なのかと、ミロはヒューバートの命令を拒否しながら苦笑する。

 ティルズ公爵令息。
 ヒューバートの友人である彼の性格を護衛騎士のミロはよく知っている。
 ストーカー気質の彼から逃げても絶対に追いかけられるのだ。

「仕方がない、次の休憩地で停めてくれ」
「公爵家の馬車のほうが先に停まって待ち構えているでしょうね」

「それでは見ない振りして全速で駆け抜けろ」
「あの馬車を見過ごしたた護衛騎士失格ですので」

 職を失うのは嫌だといって拒否するミロに諦めのため息を吐き、「分かった」と言ってヒューバートは窓を閉めた。

「どうかなさいましたか?」

 アリシアの問いかけに、ヒューバートは申しわけない気分になった。

「ティルズ公爵令息、いや、ステファンを覚えているか?」
「結婚式にきてくださった、侯爵様のご友人ですよね」

「彼がきている」
「なぜです?」

「……好奇心というところだろう。うるさい奴だが悪い男ではない、嫌いな奴には徹底的に嫌われるがな」
「あの方なら大丈夫です」

 接点はろくにないが、短い中で得た彼の印象はヒューバートの言う通り悪い人ではない。
 それどころかよく気が利く、いい人でもあった。

「彼が次の休憩所にいるらしい。すまないが、手短に済ませるので付き合って欲しい」

 ヒューバートの移動に同乗させてもらっているという認識のアリシアに異論はなかった。
 しかし、次の休憩所で見た光景に唖然とはする。

「派手だね」

 パーシヴァルの感想は実に適確だと、アリシアとヒューバートは感心した。

「赤い馬車って初めて見た」
「あれこそ『ティルズの赤馬車』。見た目の派手さだけじゃなくて乗っている奴が変人なことから有名になり、二つ名も与えられた馬車だ」

 異様な光景だった。
 休憩地は馬車が二十台は軽く停車できる広さなのに、一台の真っ赤な馬車が中央に鎮座して他の馬車は隅っこに固まって停めていた。

 この場に居合わせてしまった不運な馬車たちにヒューバートは深く同情する。

「どうやって真っ赤にしているの?」
「樹液で作った塗料らしい。雨に強いからと奨められたが、他には黄色しかないと聞いて丁重に断った」

 真っ黒な馬車も目立つので乗るのに躊躇するが、黄色の馬車は問題外だとアリシアは思った。
 一方でパーシヴァルは「黄色なんて格好いい」と目を輝かせていた。

「子ども受けはよさそうだな」
「遠くから視認できそうな馬車ですね」

「それはうちの騎士たちが太鼓判を押している」
「緊急時の馬車にしたら便利そうです、来たと分かれば進路の確保がしやすくなりますでしょう」

「ははは、それは愉快な意見だね」

 アリシアの言葉に扉の開く音が重なる。
 アリシアが驚いて扉のほうをみれば、足かけ台に左足を乗せている金色の髪に青い瞳の煌びやかな男性。

「王子様だー」

 感心するパーシヴァルの言葉にアリシアも同意した。

「盗み聞きは悪趣味だぞ」
「内緒話と噂話の中には金の種が埋まっているからね」

 盗み聞きを堂々と正当化するのはステファン・イル・ティルズ。
 王国の資産管理人と言われるティルズ家の次期公爵で、ヒューバートの親友の男だった。

 本人の掴み所のない性格のせいで、影では「ティルズ奇公子」とも言われている。

「どうして俺がここに来るのが分かった?」
「隣町にうちの者を送っておいたからさ。道化師に一銀貨払ったんだって?」

 情報は金になるという男の、相変わらずの耳の良さにヒューバートは感心した。

「アリシア嬢とこの子が息子君だね。初めまして、ここの領主の息子でステファンだよ」
「僕はパーシヴァルだよ」

 元気よく答えたパーシヴァルはステファンとヒューバートを見比べて、

「『ちじん』って何?お友だちとは違うの?」
「この場合は一緒だよ。ヒューバート君は照れ屋さんだからね」

「お久しぶりです、ティルズ公子様」
「嬉しいな、僕のことを覚えていてくれたんだね」

「はい。あのときは大変お世話になりました」
「どういたしまして、今夜はうちでゆっくり休んで。女性のお客様はもちろん子どもなんて滅多に来ないから、うちの侍女たちが喜んでお世話するよ」

「ステファン、俺たちは……」
「大丈夫、予約していた宿には迷惑料として宿泊代と同額を払っておいたから」

 すでに宿をキャンセルされていると聞いて苦虫を噛み潰したような顔になったヒューバートの肩をステファンは叩き、

「聞きたいことがたくさんあるからね」

 そういってステファンは『聞きたいこと』を意図するようにアリシアを見る。
 その表情は人好きのするものだったが、その目が笑っていないことにアリシアは気づく。

 値踏みする視線。
 辺境の街の住人のように排他するようなものではないが、いい気はしない。

 反射的にアリシアの目が細くなったところで、

「ステファン」
「……ごめん、失礼だったね」

 ヒューバートの低い声にステファンはアリシアに向ける視線を和らげた。

「お気遣いありがとうございます」

(あのとき顔を青くしていた花嫁がここまで変わったか)

 不躾な視線に少しだけ感情を揺らしたが、すぐに穏やかさを保ったアリシアをステファンは好ましく思った。

 ステファンの母親はノーザン王国の現国王の妹で、ステファン自身は国王の甥っ子。
 影で奇公子と嘲笑されているが、身分にも容姿にも恵まれているステファンにはそのくらいしかケチがつけられない。

 そんなステファンに好意的な笑みを向けられたら九割の人間は舞い上がる。
 勘のよい一割はそこに潜む値踏みする眼差しに顔を青くする。

 つまり例え虚勢であってもステファンの前で普通でいられる者はごく一部。
 その貴重な一部であるヒューバートの大事に思う女性が彼と同じく自分を前に平然としている人で、お似合いの二人だとステファンは思ったのだった。

酔夫人のひとりごと

 まるで梅雨のような天気ですね。

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