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敗者たちの後日談 (6)傷モノ令嬢、家族の心強さにほっこりする

敗者たちの後日談
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 敗者たちの後日談

 第6話 傷モノ令嬢、家族の心強さにほっこりする


「全く、準備途中の花嫁を追い出すなんて!」

 ルシールが控室に戻ると、ルシールの父親と兄が母親に説教されていた。

 腰に手をあてて仁王立ちをするイザベルの隣で、「息子の準備を見ているより面白い」という理由で同席していたセラフィーナが楽しそうにコロコロと笑っている。

「侯爵夫人、ルシール様が戻ってきましたから」

 兄の婚約者であるエレオノーラの取り成しに青褪めていた二人の顔に色が戻る。
 そうとうイザベルが怖かったらしい。

「ほ、ほら、ルシールも戻ってきたら続きを」
「そうだよ、母さん。俺たちを怒っていてもルシールの準備はすすまないよ。俺は会場の確認をしてくるから」

「ま、待て。私も行くから」

 転がるように出ていく二人の姿をルシールは笑いながら見送り、「お嬢様、こちらへ」といわれて鏡の前のイスに座る。

「全く、あの二人は最後までめそめそと。花嫁の準備はいくら時間があっても足りないのに」
「侯爵夫人、怒りはお納めになって。それにしても、花嫁の準備をこうして見ていると自分の結婚式を思い出しませんか?」

 セラフィーナの言葉にイザベルが同意する。
 そんな母親二人の様子にほっとしたルシールは、エレオノーラと微笑みを交わし合う。

 二つの領地は当代も次世代も安泰だ。

 そんなホッコリした中で、耳飾りが一つないと侍女たちが慌てた声をあげる。

「あらまあ、本当」
「もしかして、さっき外に出たとき?部屋を出る前はついていたわよね」

「大丈夫。失くしたわけではないの、実は」

 ルシールの説明に部屋の中の全員から「まあ」という感嘆が漏れる。
 ただ一人、セラフィーナだけは「うちの朴念仁がそんな粋なことをするなんて」と意外な恋愛体質っぷりに驚いていたが。

 セラフィーナは実は少しだけステファニーに感謝していた。

 もちろんロークが一人の令嬢に溺れていると聞いたときは驚き、「彼女を永遠に思い続けるから結婚しない」なんて言い出したときはその令嬢原因を消してやろうかとも思ったが、最終的にはこうして理想通りの大団円を迎えたからだ。

 ロークの元婚約者はソニック公爵家としては妥協した相手だった。

 王家の傍系としては王家とのバランスに注意することは義務。
 だから一人息子のロークの結婚相手は王家の目を気にして、ソニック家の利となるが、利になり過ぎない相手を慎重に選ばなかればいけない。

 だからロークの婚約者は、性格はさておき可もなく不可もない家門の令嬢が選ばれた。

 そこに飛び込んできたのがルシールとフレデリックの婚約白紙。
 しかも王家に過失のある婚約白紙、「代わりにうちが息子に娶らせましょう」と王家に恩さえ売れる。

 ロークは自分のせいで少なくない賠償金を元婚約者の家に払わせたことを気にしていたが、夫婦でガッツポーズをした公爵たちは文句ひとつも言わずに一切値切らず言い値で賠償金を支払い、その足で釣書をもってカールトン侯爵のもとに走ったのだった。

「お待ちください!!」

 騎士の鋭い制止の声に驚いたルシールが扉のほうを見たとき、バンッと扉を大きな音をたてて開く。
 バーンと登場した若い女性の姿に驚きつつ、来るかもと思ってもいた。

「サフィア男爵令嬢、何か?」
「勘違いしないでくださいね、ロークは私が好きなんです!」

 相変わらず会話にならない。
 部屋に響くティファニーの大きな声にルシールは内心ため息を吐いた。

(言っていることは真実でも、それを大々的に宣言する場所でないのが分からないのかしら)

 これは政略的な結婚。
 「政略」であるため、この結婚に参列している貴族にも賛成派と反対派がいる。

 貴族の派閥違いは常に闘い。

 何事もなく無事に終われば賛成派の勝ち。
 この式で瑕疵になる何かが起きれば反対派の勝ち。

 この瞬間にも、扉の外には嬉しそうな顔で見物している者が何人もいる。

「許しもなく部屋に入ってきて、無礼ね」
「そこのあなた、騎士たちを呼びなさい」

 カールトン侯爵夫人であるイザベルが身分と年齢でティファニーを叱りつけ、阿吽の呼吸でエレオノーラが扉の外にいた使用人に指示を出す。

 ここはカールトン侯爵家側に任せるが得策。
 セラフィーナが内心の憤りを隠して沈黙を守ることに決めたことに気づく。

「ここにはフレディが連れてきてくれたんです!」

 どんな人物でも王子は王子。
 限りなく中立寄りの国王派の二家はフレデリックの名に制止せざるを得ない。

 ルシールは舌打ちをしたい気持ちを抑える。
 母たちとエレオノーラが同時に扇を拡げたところを見ると、扇の裏では盛大に舌打ちしているだろう。

「改めて聞きます、なぜここに来たのですか?」
「思い違いを忠告してあげるためですわ」

「思い違い、ですか?」

 ルシールが首を傾げた。
 本当に心あたりがなくて首を傾げたのだが、それがティファニーの気に障ったらしい。

「ロークはルシール様を愛していません!」
「存じていますが?」

 それに何の問題が?
 首を傾げるルシールにティファニーの癇癪が爆発する。

「愛されていないのですよ!?」

 本当に何しにきたのか。
 離籍的な話し合いは無理だと判断したルシールは、「いまここにいないから」という理由でフレデリックのことを忘れることにした。

 そうなればたかが男爵家の令嬢でしかないティファニーにルシールが遠慮する必要はない。

「うるさいですわ」
「え?」

「許可なく侯爵家が使っている部屋に入ってきて喚き散らすとは、弁えてくださらない?」
「きょ、許可なんていりませんわ!フレディは王太子ですもの」

「殿下はそうですが、殿下の婚約者でもないあなたは男爵令嬢でしかありません」

 そしてルシールは、結婚した今はソニック公爵令息夫人。
 男爵令嬢よりも圧倒的に上である。

「思い違いと仰っていますが、結婚は成立しています。陛下の代理人も参加し、国と神殿に正式に認められています」

 あけ放たれた扉から見覚えのある金髪が見えて、ルシールはため息を吐く。
 愛する人のわがままを許すはいいが、自分で収束できる範囲であるべきだろう。

 王家の求心力は落ちている。
 力も資産もあるカールトン侯爵家とソニック公爵家を敵にまわしたらただではすまない。

「陛下が言祝ぐこの場で騒ぎを起こすことは許されません、例えそれが王族であっても。そうですよね、フレデリック殿下」

 これ以上は隠れていられないようにルシールは名前を呼ぶ。
 そして、その青い顔から、フレデリックもさすがにマズイことをしていると理解していることが分かった。

「す、すまない。彼女に代わって私が謝罪する。侯爵夫人、公爵夫人、申しわけなかった」

 イザベルとセラフィーナが扇子で口元を隠し、お互い目で意思を合わせて同時に頷く。
 一言もないが、威圧感のあるやり取りにルシールもピシッと背筋が伸びる思いがしたが、

「ちょっと、フレディ?」

(社交界の双頭と言われる二人を前にこの態度、この度胸はすばらしいですが)

「ティファニー、もう止めるんだ」
「皇妃様だって」

 ティファニーの言葉にルシールはこの騒動の裏にフレデリックの母がいることを察した。
 そしてただの子ども染みた嫌がらせであることも。

「殿下、お気になさらず。まだ若いですし、男爵家のご令嬢なのですから。ねえ、侯爵夫人」
「ええ、もちろん。男爵家のご令嬢では陛下の御威光に接する機会などほとんどないでしょう。王族に対する礼に欠けていることは仕方がありません」

 男爵家のご令嬢。
 ティファニーが一番言われたくないことを織り交ぜたイヤミにルシールは感心した。

「男爵家のご令嬢では殿下と結婚しても大変ですわね。そういう私も伯爵家レベルの礼儀作法しか身についていなくてお恥ずかしいのですが」

「エレオノーラ嬢ったらご謙遜を。カールトン侯爵令息に嫁ぐために幼い頃から貪欲に学び、切磋琢磨してきたあなたは次期侯爵夫人に十分相応しいですわ」

「その通りなのですよ。エレオノーラはとても努力家でこの美しさでしょう?身分的にギリギリですが王家に嫁ぐこともできるエレオノーラをとられまいとジョンったら旦那様をせっついたりして」

 学と礼節のなさをあげ、妃になるには男爵令嬢では身分が低いことを示唆する。
 この計算づくのやりとりにルシールは感心する。

「王家に望まれたルシール様がなさってきた努力に比べれば全然。ルシール様の身につけた学識と礼節に比べたら、私のものなど漸く立てた幼子の児戯ですわ」

 そう言ったエレオノーラはジョンたちを探してくると言って、きれいなカーテシーをしてみせる。

 そして挑発的な視線をステファニーに向けると、

「この程度ですもの」

 その姿に、義姉となるエレオノーラもフレデリックとステファニーのことを怒っていたのだと分かってルシールの心がほっこりと温かくなった。

continue

酔夫人のひとりごと

 まるで梅雨のような天気ですね。

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