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第11話 虚無の復讐

七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。
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虚無の復讐


「おーい、ハズレ」

 社交界の延長、「小社交界」といわれる学院のヒューバートのあだ名は『ハズレ』。

 レイナード侯爵家の跡取りたちが通ったノーザン王立学院は規律がとても厳しい。
 そのため学生たちは溜まった憂さを晴らすためにイケニエを選んで苛める。

 このイケニエに、貧乏なのに顔がいいヒューバートが選ばれないわけがなかった。

(……くだらない)

 ヒューバートも人間なので『ハズレ』と言われて嫌な気持ちになるが、黙って受けれていた。

 許容したのはただ面倒だったから。
 ヒューバートは嘲笑に耐える可愛い性格をしていなかったが、相手が多過ぎたため迎撃するのは愚策だと諦めたのだった。

 そしてヒューバートは面倒を避けたるようになった。
 授業中と寝る時間以外は人の少ない図書館で過ごした。

 図書館を選んだのは「静かに!」が図書館における不可侵のルールだったからだ。
 ここならハズレだなんだと煩い声から逃れることができた。

 それでも見つかれば図書館であってもジャマはされた。

 彼らはよほど暇だったのだろう。
 完全に無視するヒューバートにずらずらとついてまわり、ヒソヒソといやな声で笑った。

 まあ、小声でも目立つのが図書館。
 静寂をこよなく愛する司書に退館させられることを繰り返し、結果的に出入り禁止になった。

 図書館に出禁になることは退学への第一歩だ。
 ノーザン王立学院は規律が厳しいだけでなく、生徒に求める学力の基準も高い。

 図書館に大量の蔵書があるのは生徒たちが調べるため。
 他の生徒をあごで使えるほどの権力者でなければ調べものもままならず、赤点に補講を繰り返したのちに限界を感じて他の学校に転入する羽目になる。

 こうして周囲は勝手に自滅していった。
 いちいち相手にする愚行を犯さなくて良かったと、ヒューバートは嘲笑いながら勉学に励んだ。

 ヒューバートの周りが静かになるにつれ、余暇は全て読書と勉強に費やしたにヒューバートの成績はどんどん上がっていった。

 ヒューバートの入学した当時の成績は真ん中くらい。
 そんなヒューバートが一年生最後の試験では学年二位になっていた。

「僕の勝ちだね」

 そういって「1」と書かれた結果を自慢げに見せたのは寮で隣の部屋の男。

 「王家の資産管理人」といわれるティルズ公爵家の嫡男。
 のちにヒューバートの結婚式で花婿付添人をするステファンだった。

 ステファンと仲良くなってからヒューバートの余暇の使い方が変わった。
 平日は相変わらず図書館で勉強に読書だが、学校が休みの日はステファンと一緒にティルズ公爵家のタウンハウスで過ごした。

 ティルズ公爵家は王都の近くにあったが、公爵は王の相談役でその夫人は社交界のトップであったため夫妻は一年のほとんどを王都のタウンハウスで過ごしていた。

 ティルズ公爵家は財政に長けた人物をたくさん輩出してきた家門。
 簡単に言うと歴代の公爵たちは金儲けが上手で、当代公爵であるステファンの父親は「とても」がつくくらい金儲けが上手い。

 そんな家と交流をもっていたヒューバートが金儲けに興味を持ったのは自然な流れだった。
 しかも公爵は自分の三人の息子よりも金儲けに貪欲なヒューバートを可愛がり、ヒューバートを自分の補佐にしていろいろな場所に連れ回した。

 公爵の周りにいる友人、「類は友を呼ぶ」で金儲けが上手な彼らもヒューバートにいろいろ教えた。
 そうしてヒューバートは長期休暇になると公爵や学院の教授に紹介された商会で働き、商いを肌で学ぶようになった。

 失敗の悔しさも、成功を祝う楽しさもヒューバートはこのときに学んだ。

 こうして貯めた金でヒューバートが自分の商会を興したのは卒院まで半年という頃。
 ヒューバートはずっと温めていたアイディアと多少の運で瞬く間に金貨の山を作り上げ、長年にわたって積み重ねてきた実家の借金を完済した。

 借金がなくなればヒューバートの資産は増えるだけ。
 卒院する頃には商会は国で十本の大商会になり、誰もヒューバートを『ハズレ』と呼ばなくなり、逆に媚び諂いながらぞろぞろとヒューバートの周りをつき纏う者たちが増えた。

 特に劇的な変化をしたのは学院の女生徒たち。

 ヒューバートを『ハズレ』と嘲笑した口で『最高』と褒めたたえる。
 「ずっと好きでした」と平然と嘘を吐く。

 あまりの変化に、

「うちの学院で奇病が流行って、後遺症で記憶を失ったのか?」
「そんなわけあるか」

 真剣なヒューバートの質問をステファンは一緒にふして終わりにした。

***

「思い返せば、昔といまで俺を見る目が変わらないのはステファンとアリシアだけだな」

 社交的で群れの中心にいるステファン。
 人見知りで群れを好まず一人でいるアリシア。

 一見すると真逆なタイプだけど、噂や世間の評判ではなく自分の目でヒューバートを見たのは二人だけだった。

「馬鹿だな……あんな奴らに見返されたからってなにも嬉しくないって、どうして分からなかったんだ」

 ヒューバートはもっていたシロツメクサの鉢をジッと見て、ため息を吐きながら元に戻す。

 ずっとヒューバートの中にあったの復讐だった。
 家を顧みない父親、自分を買ったコールドウェル子爵、ハズレと笑い見下した貴族たち。

 学院卒業後、社交と商会の仕事の合間の時間を使ってアリシアとのお茶会は再開された。
 しかしこの頃のヒューバートは学院の生徒たちを見返せたことに満足していて、「次は子爵だ」と子爵に狙いを定めて目の前にいるアリシアを見ていなかった。

 こんなことがあったと話してくれても右から左、「そうなんですね」というだけ。
 結婚式の準備で相談されても「アリシアに全てお任せします」と貼り付けた笑顔で返すだけ。

 時間が惜しくて、アリシアにも同性の友人がいたほうがいいと言って自分の妹を紹介した。
 機を逸するのが嫌で、アリシアからの茶会の誘いを何度か断った。

 あの頃のアリシアの表情をヒューバートは思い出そうとしても思い出せない。
 そのくらいヒューバートは元子爵への復讐で視野が狭まり、なにも見ていなかった。

 そんな子爵への妄執は、結婚式でアリシアのヴェールをあげた瞬間に吹き飛んだ。

 いつの間にこんな大人に?
 いつの間にこんな美しい女性になった?

 数日前にもお茶会で、向き合ってお茶を飲んだ婚約者なのに。

 そして気づいた。
 美しいと、まるで初めて会ったかのように思えるのは瞳のせいだと。

 いつも落ち着いていて、たまにちょっと嬉しそうにする翠色の瞳。
 その瞳が幸せそうに温かな、愛情に満ちた柔らかい光を称えていた。

 ”ヒューバート”と結婚できるのが嬉しい、と。

 この瞬間、何かがヒューバートの中にストンッと落ちて、そのまま根を下ろした。

―――健やかなるときも、病めるときも、愛することを誓いますか?

 絶対にこのとき誓った約束を守ろうと思った。

 健やかなるときはもちろん、病んだときだって無一文なときだってアリシアを愛する。
 そして、同じようにアリシアも愛してくれると思えた。

「最低だけど……あのとき結婚しておいて本当によかった」

 苦労をかけて申しわけない気持ちは本当。
 哀しい思いをさせたことを申しわけなく思う気持ちも本当。

 結婚で結ばれた二人の縁は七年前に切れた……はずだったのに、薄皮一枚つながっていた。
 いまヒューバートがアリシアにつながる唯一の縁は「最愛の息子の父親」。

 反射的に思い出したの結婚式の夜のこと。

―――も……う、無理ぃ。

「アリシアの涙に負けなくて本当に良かった」

酔夫人のひとりごと

 まるで梅雨のような天気ですね。

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