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第12話 会いにきた理由

七年間婚約していた旦那様に、結婚して七日で捨てられました。
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会いにきた理由


「侯爵様とご飯?」
「ええ、どうかしら」

 アリシアの問いかけに対してパーシヴァルから返ってきたのはウキウキとした笑顔。
 思いきり「行きたい」とかいてある表情にアリシアは苦笑する。

「返事はヴァルが書いてみる?」
「いいの?」

「今回は特別。だってこれはあなた宛ての手紙でもあるのだから」

 手紙をもらったのが初めてのパーシヴァルは勢いよくインク壺にペンを突っ込み、真っ白な便せんに大きく「行きます」と書いた。

 インクが乾くのを待って封をし、ヒューバートからの手紙を持ってきた騎士に渡すようにパーシヴァルに教える。

「よろしくおねがいします……えっと」
「レイナード家騎士団のミロ・ハーヴェイと申します。ミロ、と呼んでください」

 そういってミロが去っていくと、パーシヴァルは悩み始めた。
 アリシアが悩んでいる理由を聞けば、

「侯爵様は僕たちに会いにきたんだよね。ご飯を一緒に食べるため?」
「それだけじゃないと思うわ。ご飯を食べながら教えてくれるんじゃないかしら」

 努めてパーシヴァルには何でもないことのように言ったが、アリシアもそこは気になっていた。

 息子に会いにきた理由として一番自然なのは後継ぎ。
 しかしパーシヴァルを侯爵家の後継ぎとするには現侯爵である『ヒューバートの子ども』にしなければならず、親権は奪わないと言った以上いまの時点でそれは考えにくい。

 そうなると言葉通り会いにきただけとなるが、

(店や家にくることなく何日も丘の上の宿に滞在しているのは変よね、多忙な方なのに)

 結論を出すには判断材料が足りない。
 この状態で考えるのはむだだと考えたアリシアは、ヒューバートに会う前に確認しておかなければいけないことを思い出した。

「パーシヴァルは侯爵様になりたい?」
「今はわかんないけど、なりたくなったらなるよ。僕はなることができるんでしょ?」

 確かにパーシヴァルには権利がある。
 アリシアもパーシヴァルがそれを望んだら戦う覚悟があった。

 どんな謗りを受けようとパーシヴァルは二人が夫婦だったときにできた子ども。
 侯爵家の嫡出子にするために役立つだろうと手紙も書類も保管してある。

「侯爵様の子どもだから資格はあるわ。でもなるためにはたくさん勉強しなくちゃだめよ」
「なりたくなったら頑張れるよ」

 パーシヴァルは勉強ができる。
 友だちがいないせいもあるが、本もよく読むため街の子どもの中では群を抜いて賢い。

「侯爵様はどこに住んでいるの?」
「侯爵様は領地をおもちだけど、商会の仕事があるから王都のタウンハウスじゃないかしら。どうして?」

「他の街に家があれば、違う街の学校に行けるかなって……僕たちはずっとこのお家に住むんじゃないでしょ?」
「私の坊やは賢過ぎて困るわ」

 アリシアはパーシヴァルの黒髪を優しく梳く。

「他の街に暮らすこと、怖くない?」
「お母さんも一緒だから」

「一緒じゃなくても、もう少し大きくなれば学院の寮に入ることができるわ」
「冒険だ」

 変化を怖がるより楽しもうとするパーシヴァルに「男の子は頼もしいわ」とアリシアは優しく笑った。

 パーシヴァルの言う通り、人生には冒険も必要である。

 ただ今のパーシヴァルの冒険の中に『父親』の存在があることが、アリシアには複雑だった。
 目新しさもあるだろうが、パーシヴァルの世界はヒューバートによって大きく広がったのだ。

***

「ミロ卿、これは?」
「侯爵様からお二人にです」

 迎えにきたミロは、持っていた箱をひとつずつアリシアとパーシヴァルに渡す。

「開けていい?」
「もちろんです。アリシア様も開けてみてください」

 ”さあ”というようなミロの勢いに押されて高級感のあるベルベッドの箱を開ける。
 アリシアの持っている箱の中はネックレスとイヤリング、パーシヴァルの持つ箱の中は貴族の少年が使うのに相応しいカフスボタンが入っていた。

「僕の目と同じ赤色」

 宝石には詳しくないが、高価な感じがするそれ。
 光の角度を変えると桃色から深紅に色を変える宝石にアリシアが思わずみいっていると、

「侯爵様って『プレイボーイ』なんだ」
「ブフォッ」

 パーシヴァルの言葉にミロが思いきり吹き出す。
 笑う気持ちはよく分かるので、アリシアはミロを視界からそっと外した。

「『プレイボーイ』なんて、誰が言っていたの?」
「教会にいる女の子たち。プレイボーイみたいな『わる』がいいんだって」

 いまどきの子どもは……。
 パーシヴァルの言葉にアリシアは何も言えなかった。

「でも、『わる』ってどういう意味?」

 意味を分からず言っていたらしい。
 アリシアは安堵し、一方でミロはプレイボーイに続いて『わる』という言葉に体を折って笑っていた。

「女の子は大人になるのが早いわね」
「えー、僕の方が背は高いよ?」

 『大人=背が高い』と思っているパーシヴァルの頬をアリシアは優しく突いた。

 そんなやりとりをしているとは知らないヒューバートは、約束より遥かに早い時間にレストランにきていた。

 招待がやや強引で一方的だった自覚があるため、本当にくるのか半信半疑だった。
 周囲を行き来する給仕たちが空いた席とヒューバートの顔を交互に見比べては気の毒そうな表情をするから尚更だった。

 そして時がすすみ、約束の時間の少し前。

 レストランの入口に見覚えのある母子……と家の騎士のミロ。
 ヒューバートは慌てて席を立ち、深呼吸して早鐘を打つ心臓を落ち着かせる。

「ご招待ありがとうございます」
「来てくれてありがとう。パーシヴァルも、来てくれてありがとう」

 ヒューバートの視線を受けたパーシヴァルはにこりと笑い、

「こんにちは」
「ああ、こんにちは」

「お魚は好きですか?肉とどっちが好きですか?」
「俺は肉より魚が好きだな。肉料理も美味しいらしいから、両方注文しようか」

「そんなに食べられません」
「残しても大丈夫、余ったら俺が食べてもいいしミロもいる。デザートはどうする?」

「食べたいです」

 食事は意外なほど和やかに進んだ。
 「ごちそうさまでした」というパーシヴァルも満足そうだった。

「パーシヴァル様、外にいきませんか?宿の裏に犬がいましたよ」
「犬?見てみたい」

 先ほどまでヒューバートにいろいろ聞いていたように、今度はミロを質問攻めにするパーシヴァルの背中をアリシアは苦笑しながら見送る。

 そんなアリシアの前に食後の紅茶が置かれる。
 アリシアが砂糖を一つ入れたところで、ヒューバートはこの街に来れた理由を話しはじめた。

「結論から言うと、コールドウェル元子爵が残した借金の取り立て屋たちが君を探している」

 二ヶ月ほど前にコールドウェル元子爵が獄中死したことまでは知ったが、元子爵に借金があることは知らなかった。

 正確には借金が残っているとは思っていなかった。

 子爵家は元子爵が逮捕されると同時に爵位を返還。
 元子爵が借金を負っていることはアリシアも知っていたが、子爵家の資産を全て国や民間に売却すれば少しお釣りがくるくらいの資産はあると思っていた。

「子爵家には優秀な資産管理人がいたはず、彼がこんなミスをするとは」
「領官を務めていた彼のことかな。彼は確かに優秀だ、しかし元子爵は彼も把握できないところから金を借りていた。下町の悪質な金貸し、それも一つじゃなく複数にだ」

 下町の悪質な金貸しにと聞いてアリシアの顔が青くなる。

 彼らに理屈は通じない。
 元子爵と自分はすでに親子の縁は切れていると言っても通じないだろう。

「どのくらいの額の借金なのですか?」

 多少の貯えはある。
 命の危険にさらされるよりは自分で借金を返してしまおうと思ったが、ヒューバートが告げた額にその手段を諦めた。

 酒や女遊び、そしてギャンブル。
 自分の娯楽のためによくここまで借金を貯められたものだと感心してしまった。

「奥様は?」
「元子爵夫人なら元子爵が彼らから借金したときには離縁していると裁判所に申し立て、すでにそれは認められた。つまり現時点で彼らが取り立てることができるのは君だけだ」

 元子爵夫人の兄は司法省の役人だったことをアリシアは思い出した。
 貴族のコネは狡いと思ったアリシアは悪くないが、アリシアがそう思っていることはヒューバートに分かったのだろう、

「だから君は七年前に元子爵から子爵家を破門されたことにすればいい。書類上の不備でまだ子爵家の籍に君の名はあるが、書類が受理されれば破門を申し立てた日まで遡ることができる」

 破門。
 家を追い出されることとなるため貴族の多くは避けたい処置だろうが、子爵家と縁を切りたいアリシアにとっては願ってもないことだった。

 元子爵に金を貸した者には申しわけなく思うが、きちんと金を貸す相手を調査しないのが悪い。
 アリシアも情も義理もない元子爵のために人生を犠牲にしたくはなかった。

「幸い君はここでシーヴァスの姓でいろいろ登録している。子爵から破門を言い渡されたという証拠にもなるだろう。ただ手続きは王都に行って行わなければならない」

(王都、か)

 王都はアリシアにとって複雑な思い出の残る場所だった。

酔夫人のひとりごと

 まるで梅雨のような天気ですね。

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