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第3話 興味関心は恋の種

「私のお父さんを知りませんか?」という少女の父親に心あたりがあるのだが
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興味関心は恋の種


―――私、あなたがキライです。

 最後に聞いた声よりもずいぶんと若い幼さの残るアイシャの声。
 それをキッカケに意識が浮上していくのに任せたら目が覚めた。

「夢だよな」

 周りを見回したレオネルはここが王城の、王の客のための客間だと理解する。
 当然だがここには一人、カーテンの隙間の向こうに見える空はまだ暗い。

「服のまま寝てしまったか」

 皴になったシャツを見下ろしてため息を吐き、ベッドから下りてサイドテーブルの上に乗ったままのグラスを持って洗面所に行く。

 酒を捨てて空にして、空いたグラスを持って部屋に戻ってピッチャーの水を入れて飲む。
 一杯飲んでも癒えない喉の渇きに、昨夜は酒を飲み過ぎたと反省する。

「今朝は冷えるな」

 ベランダに出ると、南部の砦の乾いた風とは違う人工的なニオイのする風が吹く。
 春は近いがまだ風は冷たく、レオネルが寒いと感じると周りを赤い光がふわふわと飛ぶ。

「アイグナルド」

 名前を呼ぶと赤い光は人の子どもに似た精霊の形になり、レオネルにぴとっとくっついた。
 火の精霊の力で寒さを感じなくなる。

「ありがとな」

 レオネルの言葉に満足してほとんどのアイグナルドたちが飛びながら庭のほうに飛んでいったが、数匹がもじもじと何かを期待していた。

 精霊たちが視線を向けるのは一階上にあるエレーナが滞在している部屋。

「ダメだ。傍にいきたい気持ちは分かるけれど……あの子はスフィンランたちが守ってくれているから」

 “いつか”の約束ができないことを申しわけなく思いながらアイグナルドにお願いをする。

 精霊は愛し子のお願いを断れない。
 だからアイグナルドたちは少し寂しそうに笑ってから庭のほうに飛んで行った。

 精霊は自然を好む。
 これから花が咲く庭が特に大好きで、アイシャとレオネルはよく庭を散策して自分の精霊たちが戯れるのをよく見ていた。

――― 私たちの子はどっちの精霊に好かれるかしら。

「キライからはじまって……大したもんだったのにな」

 苦笑いをしたレオネルは欄干に寄りかかる。
 朝日が明るく染めはじめた空はアイシャの瞳によく似ていた。

***

 キャスルメインは精霊の加護により豊かな国だ。

 精霊たちは気まぐれだが情熱的であり、「この子」という出会いをすると加護を与えて愛し続ける。

 見返りを求めない無償の愛情。
 ただ愛し子の幸せを願って、守り、ときには戦う。

 精霊たちには序列があり、最上位の四種は水・火・風・氷。

 水の「マリナ」。
 火の「アイグナルド」。
 風の「ゼフィロス」。
 氷の「スフィンラン」。

 この精霊たちの加護を受けた四人の愛し子は将軍となって砦に勤め、精霊の力を借りてキャスルメインに害となるものと戦い続ける。

 それが建国以来の習わし。
 千年以上続く国の仕組みなのだが、精霊は気まぐれなので「いつ」「誰が」愛し子になるか分からない。

 分かっていることといえば、愛し子に選ばれるのは十代半ばより幼い子ども。
 髪や瞳の色や血筋も影響するが、全く関係ないこともあるということ。

 そして水・火・風・氷の精霊だけには「代替わり」があり、このときだけ妖精の愛し子は二人になる。

 代替わりのタイミングは不明だ。

 代替わりから間もなく元将軍が亡くなるケースが過去に何例もあったため、将軍の一人が死期を感じたりしんどかったりして本気で将軍職を辞めたいと思ったときに代替わりが起きると言われている。

 レオネルは母親の胎に宿った瞬間からアイグナルドの愛し子になることを求められていた。

 理由は単純。
 母親が盲目的に執着する父親がアイグナルドの愛し子だからだ。

 無理な願いではなかった。

 ウィンスロープ公爵家はアイグナルドが好む色と魔力をもっていたようで、ウィンスロープ家の子どもはアイグナルドの加護を受けやすかった。

 そんな血のおかげか、それとも母親の執念か。
 レオネルが十歳になるときレオネルはアイグナルドの愛し子になった。

 マクシミリアンがマリナの愛し子に、ヒョードルがゼフィロスになったのも同じタイミングだった。

 この三人は社交界で人気の貴公子で、文武両道と将来も有望視されていた。
 だからこそ四人目の愛し子、アイグナルドと一、二を争う武力を誇るスフィンランの愛し子に期待が集まった。

 そして現れたのがアイシャ。
 王都から三つの宿場町を超えた先にある小さな寒村の孤児院にいた少女だった。

―――こ、こんにちは。

 国王の御前に召喚された少女は最低限の礼儀作法も持たなかった。

 たどたどしい挨拶に周囲からは呆れ混じりのため息が漏れる。
 服だけは美しいものを着ていたが、当時のアイシャは髪もパサパサで頬がこけたみずぼらしい少女だった。

 孤児院出身の愛し子。
 国王はアイシャを、蔑みを隠さない声でそう呼んだ。

 彼は不満だった。

 精霊にとって貴賤は関係なく、庶民の愛し子が歴史に名を残す大将軍になった例はいくつもある。
 しかし親の名も、顔すらも分からない孤児が愛し子になったことはない。

 なぜ自分の代で孤児が愛し子になったのか。
 国王は自分の治世にケチがつけられた気がしたのだった。

 国王はアイシャに「将軍にしてやるから学院で学べ」と命じた。

 左右を屈強な騎士に囲まれた幼い少女がその威圧感におどおどするのは仕方がない。
 いまのレオネルならそう言えるが、当時のレオネルはそんなアイシャの弱弱しい態度にイライラした。

 愛し子としての矜持はないのか。

 母親と婚約者のせいで幼いながらも女嫌いなレオネルは、女が自分と同じ愛し子に選ばれたのが嫌だった。

―――どうしてそんなことができないんだ?

 同じ愛し子としてレオネルとアイシャは関わる機会が多かった。

 字も読めない。
 剣の持ち方も知らない。

 愛し子として情けない。

 そういってレオネルはアイシャに厳しく当たり、公爵家嫡男であるレオネルに忖度した者たちがアイシャを虐めるようになった。

 しかし半年くらいするとレオネルの中のアイシャの評価が変わってきた。

 レオネルの知っている女はよく泣くのにアイシャは泣かなかった。
 教師に叱責されても学び続け、剣を弾き飛ばされても鍛え続けた。
 毎回補習や追試になっても、周りに笑われても決してサボらず真面目に受け続けた。

 二年くらいすると廊下に張り出される上位成績者の中にアイシャの名前がのるようになった。

 四年くらいすると学問だけでなく武術でも成績上位者の常連になった。
 剣は不得手だったが、槍で魔法を使ってもよい条件の模擬戦ではレオネルにも時折勝つほど強くなった。

 何年も早く教育を受けていた貴族の子女をごぼう抜きしたアイシャにレオネルは驚かされた。

 驚いたのはそれだけではない。
 アイシャの容姿も四年で劇的に変化した。

 妖精の加護が馴染むと髪や瞳の色に妖精の影響がではじめる。

 レオネルの場合は元々アイグナルドに好かれやすい色だったため緋色の瞳が深紅になった程度だったが、アイシャの場合は凡庸な茶色の髪が光り輝く銀髪になり、青い瞳はピンク色混じりの紫色に変わった。

 スフィンランは妖精の中で最も美しいといわれている。
 もともと容姿は整っていたが、アイシャはスフィンランが人間になったかのような美少女に変化した。

 それでもアイシャは何も変わらなかった。
 いままで通り髪をリボンでひとつに結び、隙間時間はいままで通り図書館で勉強して訓練場で鍛錬を積んで過ごしていたのに、

―――ア、アイシャ嬢。

 そんなアイシャを周りの男子生徒は熱のこもった目で見つめ、中には婚約の打診をする者もいた。

 休み時間のたびに男たちに囲まれるアイシャの姿にレオネルは苛ついていた。
 このとき苛つく理由をきちんと探れればよかったのだが、十四歳のレオネル少年にそれを求めるのは酷な話だろう。

―――私、あなたがキライです。

 「もう、うんざりなんだけど」とアイシャがレオネルに言い放ったのは騎士団主催の王城で行われた模擬戦だった。

酔夫人のひとりごと

 まるで梅雨のような天気ですね。

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