国王カリスティオンは一人、神殿の石床に膝をついて祈りを捧げていた。
彼の胸では、二つ苦しみが渦まいていた。
一つは、生死の境をさまよう長男ルカヴィス。
もう一つは行方不明の次男ノアルド。
ルカヴィスが毒を盛られたことを自分のせいだ責めて姿を消してしまった。
医学の心得はないため、ルカヴィスを典医たちに任せたのは仕方のない判断だ。
でもノアルドの件は、なぜ彼の苦しみに気づいて寄り添ってやらなかったのかと悔やむばかりだった。
「大神・エルデウス。どうか私の願いを、私の息子たちを……」
「陛下!」
駆け込んできた典医の慌てた様子に、カリスティオンは慄いた。
典医が慌てるなど、ルカヴィスの容態が悪化して、覚悟をしなければいけなくなったとしか――。
「陛下、奇跡が起きました!」
「何が起きたのかさっぱりわかりませんが、ルディウス王子が目を覚まされました」
「なんだと!?」
カリスティオンは驚きで目を見開いた。
毒は風邪とは違う。
なんか効果があったなどあり得ない、毒の成分に合わせた解毒薬を飲まなければ決して治らない。
「未知の毒ではなく、解毒薬が効いたということか?」
「それが……私は特に何かした覚えがないのです」
「何をしたのか、さっぱりなのか?」
「さっぱりです! これは神の奇跡にほかなりません」
冷静な状態なら王城医師団のトップに立つ典医が「さっぱり」と断言するのはどうなんだとカリスティオンは思っただろうが、彼はただ神殿の壇上に鎮座しているエルデウスの像に感謝した。
「あとはノアルドが無事に帰ってきてくれれば……」
「奇跡は起きます、祈りましょう」
医師が非科学的なことを言っているが、それには突っ込まず、実際に祈ることしかできないのだからカリスティオンはひたすら祈った。
そして朝、奇跡がもう一つ起きた。
ノアルドが無事に歩いて帰ってきたと言う。
喜ばしい報告だったが、カリスティオンは状況として疑問に思う。
ルディウスに関することは全て緘口令を敷いていたため、ノアルドがルディウスの回復を知る手段はない。
それなのにルディウスが回復したタイミングでノアルドも戻ってきた。
(……これは偶然なのか?)
誰かの思惑があるのではないかと、息子を疑わなければいけない自分の立場を苦しく思いながら、カリスティオンはノアルドを呼び出した。
たった一晩で大きく成長したノアルドに驚いた。
「ちゃんと寝て、元気な顔でお家に帰りなさいって言われたんです」
そう言われて自分が姿を消したところで何にもならないと思った、と。
カリスティオンや城の者、そして目覚めるであろうルカヴィスに心配かけてはいけないと思った、と。
それで家出をやめたというノアルドに、「いい子に育ったな」とカリスティオンは感動した。
(セラフィナ、か)
ノアルドを保護してくれたのはセラフィナという平民の女性。
彼女は親切にも金をもたせ、乗合馬車の乗り方を教えてくれたという。
親として礼をしたかったが、あいにくとこの世界には「セラフィナ」という女性は沢山いるし、ノアルドも混乱していて家の場所は分からないという。
なぜか髪の色も目の色も覚えていないというノアルドだったが――。
「昨日が誕生日で、ワインがとっても好きです」
「……なんでそれだけを覚えているんだ?」
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