セラフィナには家族がいない。
物心がついたときにはすでに孤児院の一員であり、成長して自分が門の前に捨てられていたことを知った。
それを知ったとき、セラフィナは愛し愛される結婚をすると決めた。
親は選べないけれど、夫は選べる。
愛し愛される結婚を実現するためにはどうすればいいのか。
愛されなければいけない。
どうやったら愛されるのかと考えて、男好みの女になれば愛されるのではないかとセラフィナは思った。
男好みの女を目指して服と化粧を工夫してみた。
その結果がカリオス商会長からのセクハラ。
女として魅力があるとは言われたが、今までなかった尻を触られるという行為により「男好み」は一歩間違えると「軽い女」に見られることを理解させられた。
この一歩はどう見極めればいいのか。
男なら分かるのか。
そう思ったとき――。
(あそこでルカに会えたのは、運が良かったわ)
セラフィナにとってルカは、見かける時間も場所もバラバラの「不思議な男」だった。
多くの人は規則的な生活を送っており、セラフィナの生活の中で会う知人や顔見知りは見かける時間も場所も大体同じである。
それなのにルカは色々なところで見かける。
一緒にいる人も男性だったり女性だったりして、「何をしている人だろう?」とセラフィナが思うのは当然だった。
ルカという名前を知ったのも偶然。
誰かが「ルカ」と呼ぶのを聞いただけ。
愛称なのか、本名なのかすら分からない。
こんな一方的に知っているだけのルカと友人になった始まりは、セラフィナの行きつけの酒場にルカがきたとき。
ほんの少し酔っていたのもあるだろう。
話してみたいなと思ったセラフィナがルカに声をかけたのが始まり。
ルカと特別な関係、明け透けに言えば男女の仲かと問われることは多いが、セラフィナにとってルカは男性ではない。
ルカと関係を持っても恐らく一時的で、ルカ相手に愛し愛される結婚が叶うとはどうしても思えないから。
だからルカは友人である。
友人としてのルカは付き合いやすい人物。
だから数年たったいまでも付き合いが続いている。
最近では互いに「信用のおける」という枕詞がついたらしい。
悩みごとを相談しあったり、嫌なことを愚痴りあったりするようになった。
カリオス商会長のセクハラで嫌な思いをしたとき、いつもの酒場でルカに会ってこれ幸いと愚痴った。
「バカな野郎が言うことなんて気にするなよ」と言って渡してきたのはセラフィナ好みの赤ワインだった。
欲しい一言。
嬉しい一杯。
気落ちした気分に優しさと赤ワインが効いて、セラフィナはルカに聞いていた。
「ルカはどんな女性が好み?」
「………………ミステリアスな女」
ルカの答えは、容姿や仕草ではなく雰囲気で、安直じゃない答えに「モテる男は違うな」とセラフィナは思った。
ミステリアスな女になろう。
ルカが一緒にいる女性は他の男性にもモテている。
だから「男好みの女」はミステリアスだとセラフィナは結論を出した。
その矢先にあの夜拾った可愛い男の子、ノアにまた会った。
元気な様子を見たいと思ったから会えて嬉しかったが、何か悩んでいるようだった。
相談に乗らなくてはとセラフィナは思った。
女探偵はミステリアスなイメージがあるから。
ノアから悩みを聞きだし、いろいろまくし立てたあとで、これは全くミステリアスではないとセラフィナは気づいた。
挽回せねばと、別れ際に「私のことは忘れて」と言ってみた。
でもやっぱり忘れられるのは嫌だなと思ったし、それなら「ミステリアスないい女がいた」というイメージを植え付けておこうと思った。
それから二週間たったいまセラフィナは気づいた。
自分はミステリアスには向いていないのかも、と。
「ミステリアス」とは、不思議なさまや謎めいた雰囲気を持つことを指す言葉。
神秘的で、簡単には理解できないような印象がある。
対してセラフィナは感情が直ぐ顔に出る。
思ったことは直ぐに言動に現れる。
「夫人、ミステリアスな女になりたいのですが、どうしたらいいでしょう?」
セラフィナは人生の経験値が上の夫人の知見に頼ることにしたが――。
「セフィちゃんには無理よ」
穏やかに微笑む夫人に秒で断言された。
「ミステリアスになりたいって、素直に言葉にしている時点でミステリアスじゃないもの」
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