ルカヴィス売り込み月間を知らないセラフィナはずっと不思議に思っていた。
双子たちがやけに「運命の恋」とか「愛の絆」という言葉を推してくるのだ。
なぜだろうと考え続けていたが、この瞬間にセラフィナは気づいた。
(二人とも、そういうお年頃なのね!)
***
「二人はいま十八歳よね。婚約者はどんな方なの?」
双子は伯爵家に生まれた。
貴族令嬢には幼い頃から婚約者がいることは一般的な常識。
つまりセラフィナの質問は特別なことではないが、双子は顔を見合わせて、自分と同じ顔に浮かぶ困惑に苦笑した。
双子には婚約者がいない。
伯爵令嬢として異例のことだが、双子は「ルカヴィスの妃の座を狙え」と父伯爵に命じられて離宮の侍女になった。
娘を自分の出世に利用する気満々の発言だが、残念ながらこの国の貴族の娘の処遇として珍しい話ではなかった。
双子の父親は野心家だ。
この国の貴族で野心的なことはさして珍しくもないが、双子揃ってルカヴィスの妃にしようとするその姿は品がなく、父伯爵は悪い意味で有名になった。
特に貴族夫人たちは姉妹で男の寵を争わせようとする父伯爵を蛇蝎の如く嫌悪した。
ゼフィリオンは恋愛に大らかな国だ。
既婚者の不倫など珍しくはないし、ある意味「文化」とさえ言える不倫を正当化する者は多い。
それは男が多いのは「男が持つ狩猟本能」だと行動学の博士が発言し、その者がさらに「男らしさの象徴」とか言った。
それに密に怒りを募らせたのは貴族夫人、彼らの妻、婚約者、恋人だった。
男たちはそこらに種をまき散らす癖に、自分は托卵されたくはないと言わんばかりに妻・婚約者・恋人に貞節と貞淑を求めた。
さらに女のほうから離縁を切り出すのはみっともないという風潮も作った。
これに対して貴族女性も愚かではない。
社会的に地位の高いポジションは男たちに占拠されているから「分かっています」と表では受け入れつつ、女による女だけの社交場では「男は自由でいいわよね」と合言葉にイライラを発散しつつ共感する仲間を募らせていた。
そして最近起きたあの船の難破事故をきっかけに貴族女性の意識改革が始まった。
高級娼館に行こうとしていた男たちの妻や娘たちは、いつもなら目を瞑れた夫や父親の不義に苛立ちを隠せず、救助された夫に対して「いつでも離縁する」と宣言したり、「最低」と父親を汚物を見るような目で見て罵詈雑言。
まだ口を開いただけこれはいい例。
これまでの行いのせいか「口にするのも面倒臭い」とばかりに家を出ていく妻、口を利かないどころか存在していないかのように振舞う娘。
男たちは心が折れた。
離婚や別居などみっともないと言った男もいたが、これまでの男たちに好き放題言われていきた女たちのメンタルは逞しく、「だから何?」とばかりに女たちは右から左へとスルーした。
どんな振る舞いも許されると思っていた男たちは高い鼻っ柱をポッキリ折られ、表向きであれ女性に大事にされていた男たちのメンタルはバキバキに砕かれた。
そんな事情があるため――。
「私にもユナにも婚約者はおりません。父に打診された話も以前はありましたが相手がちょっと……」
婚約者がいる貴族令嬢のほうが多数派ではあるが、婚約者不在は珍しいことではない。
双子としてはルカヴィスを落とすために出仕したことをセラフィナに知られたくない。
双子たちにその気は全くないし、何かを間違えてセラフィナが「自分よりも貴族令嬢の双子のほうがルカヴィスに相応しい」などと思われては心の底から困るからだ。
天命の証がどう作用するかなど誰にも分からない。
「……相当な方なのね」
メナの言葉をセラフィナがそうとったとき、「その相当な相手がルカヴィスだとは絶対に言えない」と双子は改めて思った。
何かを間違えてセラフィナが「そんなルカヴィスとは結婚できない」と思っては、天命の証が変に作用してルカヴィスが“そんな人間”になってしまう恐れがある。
(いつ婚約者が決まったって連絡がきてもおかしくないのよね)
双子の心がずんっと重くなった。
ルカヴィスの正妃候補は神の愛し子。
しかも二人は相思相愛。
大国の姫だって太刀打ちできない存在に伯爵令嬢の自分たちが勝つわけがない。
それは父伯爵も理解しているだろうから、今頃必死に「次」を探しているだろうと双子は思っている。
「これから婚約者が決まるってことは……地方にいる方の可能性もあるのよね」
王都にいる主だった貴族家の子息で、双子と年齢のあう人はほとんど婚約者がいる。
婚約者がいない子息もいるが競争率は高く、あの父親では二人がこの王都で良縁に恵まれる確率はかなり低い。
セラフィナの専属侍女であることを妬んでいる侍女には「地方に嫁ぐくせに」と言われたりしているし、セラフィナはそんな悪意をどこかで聞いたのかもしれないと双子は思った。
それなのに、「そんなことありません」と言えない自分たちが嫌だった。
「私の我侭だから、聞き流してくれて全然構わないのよ」
セラフィナの言葉に首を傾げつつも、これから言う“我侭”を空の上にいる神様たちが「叶えるぞ~」と気合いいれているところを想像してしまった。
「二人にはこのまま王都にいてほしいなって思うの」
「「……え?」」
「だって二人は殿下が王太子になる前からずっと傍にいたのでしょう? 王太子になったからって殿下にすり寄ってきた、手のひらを返した人たちよりもよほど信用できるもの」
セラフィナの言葉に双子は目を見開いた。
「ごめんなさい。本当に、ただの我侭なの。私には人脈がないから二人にいい人が見つかるように祈るくらい……あとはせいぜい殿下にお願いするくらいしかできないのだけれど」
双子は互いに顔を見合わせた。
(あれ……これってもしかして……)
(……そういうことなのでは?)
セラフィナの願いは現実になる。
メナはセラフィナの護衛騎士である子爵家嫡男と恋仲になり、結婚して四人の子宝に恵まれた。
産休・育休を挟みつつも王妃となったセラフィナの専属侍女として仕え続け、子が成人したのちには侍女長になり、夫や子と一緒にセラフィナたちを支え続けた。
ユナは婚約破棄された宰相令息と婚約。
宰相令息には「君を愛することはない」と言われたが、セラフィナの言葉があったので特に焦らず飄々としていたらいつの間にか溺愛され、三人の子宝に恵まれた。
宰相夫人として夫を支え、そして王妃相談役として生涯セラフィナを支え続けた。
双子の父親は、双子の結婚後に平民になった。
彼は「いい儲け話がある」という典型的な詐欺に騙され、貴族税が払えないほど困窮して爵位を返上することになったのだ。
彼は娘たちを頼ってそれぞれの婚家にいこうとしたが、行こうとするたびに何かが邪魔するように起きて一度も行くことができなかったという。
そんなことは誰も知らない。
ただセラフィナがそれっぽいことを呟いたんだろうなと誰しもが思っていたが、神がかり的なことは確認のしようがないし、言ったところで「だから何?」なので双子は何も言わなかった。
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