「何で、永琉(えいる)が!?」
花嫁の控室に駆け込んできて、私を指さす高松一真(かずま)さんは二歳上の幼馴染で、白梅庵と長くお付き合いのある老舗百貨店・松花堂の跡取り息子。
白無垢を着て、普段より濃いめの化粧をした姿の私を見て「永琉」だと見抜いたのは、流石だなと思う。
「どうして、俺の嫁になるのは愛琉(あいる)のはず……え?」
そう、この白無垢を着るのは本来なら愛琉だった。
だって高松さんの恋人で婚約者だったのは愛琉だ。
愛琉は私の双子の妹で、姿形は鏡に映したみたいにそっくり。
姿形だけは本当にそっくり。
「小母様たちに会わずにここに?」
「そうだ。愛琉はどこだ?」
「うち」
「うちって、どうした? 体調が悪いのか?」
カチンッときた。
ここ三日間絶え間なくぎりぎりと引っ張られていた私の堪忍袋の緒が切れた。
「そんなに愛琉が心配?」
「当たり前だろう、愛琉は体が弱いんだから」
ほら、また。
みんな、二言目には「愛琉は体が弱いから」。
体が弱いってなに?
いつの話をしているの?
「体が弱いから、仕方がないってわけ?」
「なんの話を……永琉? お前、なんで泣いて……」
目の奥が痛い。
視界も滲んでる。
確かに涙は出てるかもね。
でも泣かないわよ。
泣いたら二時間もかけて準備してくれた人に申し訳ないじゃない。
お姉ちゃんなんだから面倒掛けないでって呪いがずっと、ずっと発動しているの!
「みんな揃って“愛琉は体が弱いから仕方がない”って言うけれど、小学生になった頃から愛琉が寝込むところなんて一度も見たことがないわよ!」
高松さんの顔が“そういえば”という表情になる。
「それなのにみんなして“仕方がない”って甘やかして! そのしわ寄せが全部私にくるの! せめて甘やかした奴が責任取りなさいよ!」
小さい頃の、本当に体が弱かった頃の愛琉が何を考えていたかはもう分からない。
でもいまの愛琉は泣けば私がどうにかする、いいえ、お父さんとお母さんが私にどうにかさせると分かっている。
体が弱い。
たったそれだけのことで愛琉は全てを奪っていった。
お父さんとお母さんの関心も。
旦那様になるはずだった初恋の男の子のあなたも。
「俺の嫁になるのは愛琉? そんなの百も承知よ! “俺は永琉ではなく愛琉と結婚したい”と、高松さんはうちの家族の前で、私の目の前で言ったのもの!」
高松家からお嫁さんにと望まれたのは私だった。
でも高松さん本人が望んだのは愛琉だった。
高松の小母様は最後まで反対したけど、当主である高松の小父様は愛琉がお気に入りだったから賛成して、私ではなく愛琉が高松さんの婚約者になった。
これ、私が十七歳のときのできごと。
八年前のこと。
残念ながら忘れられない、しっかり覚えている。
「小父様にも言われたわ、どうして愛琉ちゃんじゃないんだって」
「……え?」
「そして今度はあなた……そう、そんなに愛琉がいいの」
そんなにみんな愛琉がいいなら……。
「それなら愛琉になってあげる。それで我慢してよ、一真さん」
「永琉!」
合わせ鏡のような存在の愛琉。
いつも比べられた。
もっと可愛く。
もっと無邪気に。
だから、笑い方も、喋り方も周りが望むように変えれば愛琉になれる。
一真さん、驚いた顔をしている。
分からないでしょう、あなたにも。
誰も知らない。
愛琉になりたかった私の気持ちなんて。
「待って、話を……」
「待たない」
我侭が許されて奔放に振る舞えるのってとても気持ちがいいのね。
「永琉!」
制止の声を無視して控室の扉を開けたら、人がいた。
視界が陰る。
……え?
!?
……な、に……?
頭が……痛い……
「永琉!!」
ちがう、わたしは…………愛琉。
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