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I also have a blog that describes my daily life.

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【短編】魔法がとけたら

短編
この記事は約29分で読めます。

先に『【短編】魔法がとけるまで』を読むことをおすすめします。

本作品は『【短編】魔法がとけるまで』のアーレンド視点で、時系列は同じですが『【短編】魔法がとけるまで』のネタバレがあります。

『君が探していたナニーの件なんだけど』
「うわっ」

突然頭に響いた男の声に俺は驚いた。

『ごめんごめん。僕だよ、僕』
「……分かっている」

離れた場所にいる者と会話ができる遠話魔法。こんな高度な魔法を使える者など俺の周りにはエドガーしかいない。

『ニーナを君のアパルトマンに送るから、よろしく』
「ニーナ? 誰だ?」
『ナニー』
「ああ、ナニー。誰の紹介だ?」
『僕』

まさかエドガーにナニーの心当たりがあったとは。

『子どものこと、嫌いじゃないから大丈夫だよ』
「は?」
『ごめん、そういうわけで。城に行かないと遅刻しちゃう』

遠話魔法が終わってしまったので、続きを聞きたければ城にいくしかない。俺に遠話魔法は使えない。しかし……子どもが嫌いではないナニー? それは『ナニー』か? ナニーになるための特別な資格はないが、ナニーの仕事は四六時中子どもといること。『子どもが好き』は最低条件ではないのか。

いや、教育することを考えたら『嫌いじゃない』くらいが丁度いいのか? 分からない……そもそもエドガーに頼んだことが間違いだったのかもしれない……間違い。間違い、か。

「……間違いなんて、今さらか」

机の上にいつも置いてある小さな絵の中で微笑むのは最初の妻だったシルバーナ。

「レネット……」

彼女が嫌がった愛称で呼んでも、絵の中の彼女は動かない。当然だ、これは絵なのだから。残っているシルバーナの絵はこれ一枚だけだが、これのおかげで俺はシルバーナの顔を忘れずに覚えていられている。

絵の中のシルバーナは軍服姿。貴婦人の肖像画ではなく、これは俺が描いたもの。戦時中の野営地で、戦況に少し余裕がでてきて誰かの一言で画力を競う遊びをすることになった。モデルはシルバーナで満場一致(本人除く)。だって彼女の画力のなさは有名だったから、彼女が参加してはビリが決まって面白くない。

本部の天幕から紙と鉛筆を取ってきて、ワインの入った革袋を片手に参加者が集まった。俺も誘われるままに紙と鉛筆を受け取りシルバーナを描いた。美術は文化芸術を大切にするこの国の貴族の嗜み。俺の幼少期にも家庭教師がつけられ、そのときの課題よりも真面目に取り組んだから満足のいく絵が描けた。

―― 私より下手だったら笑ってやろうと思ったのに、つまらないの。

どうして俺を自分より下手だと思ったのか。なぜか彼女は自分の画力を過大評価していた。そんな彼女は、笑いながら俺がもらった優勝賞品の質のよいワインを半分も奪っていった。モデルがよかったから俺が一番に慣れたのだと言って。

楽しそうに笑う声。悪戯する子どものような表情。大丈夫、覚えている、そう思った瞬間に輪郭がぼやける。思い出そうとすればいつもこう。だからシルバーナの絵は一枚しかない。

「モデルの差があるわけないだろ。全員が君を描いていたんだから」

一国の姫君だったシルバーナ。気さくなのに品があって、粗野な戦場で埃にまみれても凛と立つその姿に敵も味方も見惚れた。敵にも味方にも『姫将軍』とか『戦女神』と呼ばれていた。

俺はシルバーナが好きだった。

いまも、変わらず。もしかしたら、かつてより強く、シルバーナを愛している。彼女にまた会えるなら戦時中に戻ってもいいと思っている。愛している……会いたい……。

「……レネット……俺の、女王様……」

突然視界が白一色になった。反射的に目を瞑ったが、思ったよりも驚かないのは、見慣れているから。転移魔法。瞼越しに、光りが治まったと感じて薄っすらと目を開ける。光の中心にスカートらしき布が揺れるのが見えた。

エディスか……いや、エディスにしては小柄。シルバーナと同じ……もしかして天からの迎え? え? 俺、死んだ? 何をした? 子どもたちは? ……落ち着け、違う。エディスでも、もちろんシルバーナでもない。彼女の髪は白銀だ。

知らない、茶色い髪の女……もしかして、この女がナニーのニーナ? ……彼女じゃない……よかったじゃないか、俺は死んでないんだから。

予想通り女はニーナと名乗り、突然俺の書斎に現れた経緯を簡潔に話してくれた。

「なるほど」としか言いようのない経緯だった。そして簡潔過ぎていろいろ情報が足りないはずなのに何となく理解できる説明、うん、ニーナは本人の言う通りエドガー(エディス)の友人なんだろう。

買い物に行くような小さなバッグだけで、これで住み込むのかと思って聞けば荷物はあとからここ(俺の書斎)に送られてくることが分かった。エドガー(エディス)、頼むからちゃんとパッキングしてくれよ。

エドガーの|お墨《インク》付きかは分からないがナニーとして採用することにした。いまとなっては俺が唯一信頼しているエドガー(エディス)の友人、多分悪い奴ではないだろうし、悪い奴だったら追い出せばいい。ナニー選びに疲れた。

「契約書だ。内容を確認してくれ」

確認するように言ったが問題はないだろう。いい加減、ナニーの契約書は書き慣れた。これで何枚目だ?

受け取ったニーナは目を通しはじめた。うん、こういうところも真面目で好感がもてる……しかし、彼女も魔法が使えるのか? 家や部屋に施した結界が気になるようだし。

俺の家と各部屋それぞれに、エディスに頼んで結界を施してもらってある。エディスは俺のことが好きだし、親友のシルバーナの遺児であるアレクのことを大事にしているから、それはそれは強力な結界を施してくれた。害意のある者は入れない、害意があれば魔法は使えない。

警告を兼ねて『エディス作』と敢えて相手に分かるように分厚くするって言ったときはなぜかと思ったが、あれがなければアパルトマンにきて受けた『お誘い』の被害は三倍になっていただろう。

……しかし、魔法が使えるとなるとどこかのご令嬢という可能性も出てくるのだが……少し脅しておくか。

「全裸にコートを羽織るだけの姿で突撃訪問」

ニーナはその顔に『そんな女いるのか』もしくは『それで街を歩いてきたのか』とデカデカ描いた。分かる、俺もそんな痴女は想像していなかった。

「家の侍女のお仕着せ姿で媚薬入りワインを持ってきた者もいるな」

ニーナの顔が『なんだ』というものになる……何を期待した?

「誰かの胤を仕込んだ体でやってきて私に襲われたと訴えようとした者もいたな」

そして俺、何をやっている。こんなの未婚のレディー(未確認)に聞かせることではない。でも、こう、つい、『こんなものか』と煽られた気がして闘争心に火が……。

「怖がらせるのはここまでにして」

そんなこと格好悪くてバレたくないので、わざと怖がらせたことにした。ニーナは当然揶揄われたことに怒ったが次の瞬間には同情した目で俺を見た。同情されるほどか、俺。

それにしても、なんか、こう、いろいろ分かりやすい女だ。エドガー(エディス)が俺に紹介したのも分かる……ニーナはシルバーナにどこか似ている。

テンポのいい|会話《やりとり》。素直な感情表現。それらは好ましい……いや、馬鹿なことを考えるな。何も感じるな。

「子どもたちを紹介しよう。子どもの名前は?」
「アルバート様とブランシュ様と伺っています。あの、お二人から許可を得られたら愛称でお呼びしても構いませんか?」

「え?」
「私、『シュ』の発音がちょっと苦手なんです。苦手どころか次の音のとき舌を噛みますね」

cheの発音が苦手?

―― この国の言葉って口の中で舌をあっちこっちにこねくり回す感じがして苦手なのよね。小賢しい感じがして……あ、あなたにそっくり。

……余計なことまで思い出したが、シルバーナも苦手と言っていた。

アイシアとこの国の言語は元は同じで、七割以上の単語が類似している。文法も同じだから話せなくても意味が分かったりする点はいいのだが、似ているせいで発音にかなりの違和感を感じ「訛っている」と互いに感じることもある。

ニーナもアイシア人なのか?

アイシア国は王族たちの愚行で貧富の差が激しく国境を超えて避難してくる者も少なくなかったが、戦争が終わりアイシアがうちの国の一地方になったことで国境線がなくなり多くの者がこちら側にやってきている。騎士団も魔法師団も彼らを積極的に登用していると聞いている。

エドガー(エディス)ともその縁で知り合ったのかと思って魔法師か尋ねればニートの魔女だという。エドガー(エディス)の家に住んで養ってもらっていたらしい……あの基本的に人間嫌いのエドガーにそこまでさせるとは……。

「落ちこぼれか」

エドガー(エディス)は人間嫌いだが、気になる奴は放っておけずに、一度懐に入れたら甲斐甲斐しく面倒をみるいい奴なんだ。

部屋に案内するとアルトとブランは静かに遊んでいた。ノックの音でアルトは俺がきたことに気づいたが、ブランは気づかずにお絵描きを続けている。ブランは耳が悪い。医者に診せたが、話す言葉はしっかりしているので全く聞こえないわけではないらしい。どうしてそうなったのか……思い出すとはらわたが煮えくり返りそうになったが……。

「お父様」

アルトの声で昂りを落ち着かせる。落ち着かせなくてはいけない。また怖がらせてしまう……シルバーナによく似た顔が俺を怖がるのは耐えられない。『どうして』と責められ……。

「アルト様は天使ですか!?」

隣のニーナの声にハッとする。

「白銀の髪に可愛らしくも美しく整った顔立ち。あ、でも瞳の色は|紺青《こんじょう》色……閣下と同じですか……」
「おい、なぜそこで落ち込む? 紺青でもいいだろう。天使など想像でしかないのだから。実際に見たことでもあるのか?」

天使が俺と同じ紺青色の目をしていてはいけないのか? シルバーナと同じ|杏子《あんず》色の目ならいいのか?

「目の色以外は妻に似たんだ」

シルバーナは見た目だけなら天使だった。

シルバーナは故国を裏切った王女であるが、王族や貴族に虐げられてきた元アイシアの民はいまも彼女を『戦女神』や『姫将軍』と慕っている。

シルバーナはアイシア国王と下女の間に生まれた姫。

青や緑の瞳ばかりの王族の中で生まれた杏子色の目をした彼女をあの国の王族や貴族は不吉といって虐げ、塔に閉じ込めた。そして北にあるアイシアではたびたび飢饉があり、それが起きるたびに彼らはシルバーナを国民の前に突き出して「飢饉は呪い。この赤い目の王女こそ呪いの元凶」と言っていた。

そんな話をどこまで信じていたのやら。まともな頭のあるやつなら収穫量に見合わない税を課す王侯貴族こそ呪いと分かっただろうに。

土地を求めてアイシアは家に何度も侵略戦争を仕掛けてきたが、最初の頃は同等の国力だったかもしれないが国策がずさんなアイシアの国力はどんどん下がり、この十年は仕掛けて負けるを繰り返していた。戦敗は国力を一気に下げる。そしてアイシアは賠償金を支払えなくなり、もう戦争を仕掛けない証としてシルバーナを人質として寄越した。

いまこの国の王は穏やかな性格で、無益を嫌う。だからこれ以上アイシアの相手は無駄だと悟ってシルバーナを招き入れた。穏やかな性格だが人が良いわけではない。王はアイシアが必ずまた戦争を仕掛けることに気づいていた。だからそれを最後にして、シルバーナを傀儡の女王にしてこの国と統合する予定だった。

その計画をシルバーナ自身が変えた。

見た目真相の姫君の彼女は祖国開戦(裏切り)の報せを聞くと、「はあ!?」と怒りを爆発させて王のもとにいき自分を前線に送れ、アイシアは自分が落とすと直談判した。流石に「そうですか」とは飲めない内容だったが、彼女の周りに吹き荒れる魔力に主席魔法師のエドガーが興味を持った。

エドガーに勝てたら連れていってやる。王とエドガーとしてはシルバーナの実力を測ろうと思っただけだったろうが、化け物級の魔力を持っていたシルバーナは演習場を全壊させるというおまけ付きでエドワードに勝利し意気揚々と前線にやってきた。やってきたというのは、俺がそこにいたから。

まさかシルバーナが城でそんなことをしていたなど知らず、俺は『とち狂った姫君の酔狂』と言ってシルバーナを激怒させた。そして決闘。所用で城に行っていたエドガーが戻ってきてそれを知り、真っ青な顔をして駆けつけてきて引き分けにしてくれなかったら多分負けていた。

そんなとち狂った女だったが、シルバーナはやっぱり姫だった。

呪いの王女として国民にも虐げられていたくせに、こっそりと野営地を抜け出しては進軍ルート上にある村の長に最低限の食料を持って逃げろと伝えていた。伝えると言ってもアイシアにとっては祖国を裏切った王女。ときおり顔に原因不明の傷を作っていたのは、説得に難航していたのだろう。

それでもシルバーナは諦めずに説得にいき、シルバーナのおかげで逃げられた人々がそれを次の村で伝えていったのかシルバーナの顔の傷は減り、戦いに巻き込まれる民間人の数も激減していった。俺がそれを知っているのだから他にも知っている者は多いだろうが、誰も何も言わなかった。自軍の侵攻に影響はないし、お礼と言わんばかりに小麦や馬などを補給できたから逆にありがたくもあった。

―― アイシアの王族は嫌われているわねえ。

そう言って新しい馬を撫でるシルバーナは満足そうだったけれど、泣きそうだった。

「お父様?」

アルトの声と上着を軽く引っ張る力にハッとした。何となく視線を感じてニーナを見ると、彼女はキラキラした目でアルトを見ていた。シルバーナもよく可愛いものを見つけては、あんな目をして後で絵を描いていたことを思い出す。下手の横好きってやつで絵は下手くそだったが、いつも楽しそうではあった。

「アルト。彼女はナニーのニーナだ」

なぜ目を丸くする? 俺、なにか変なことを言ったか?

「ナニーノニーナって、魔法の呪文みたいですよね」

はあ? 呪文? え、アルト? あの人見知りのアルトがあっさりと……え、なんでそんなに喜ぶ? 喜ぶところなんてあったか?

「アルト様、それがどんな魔法かを考える前に小さなレディーを紹介してくださいますか?」

そう言われたアルトが俺を見る目に心臓が痛くなる。俺のことを怖がる目に、表情に、シルバーナが重なる。

 ◇

俺とシルバーナが結婚して直ぐ、シルバーナの婚約者だという男が俺のもとを訪ねてきた。塔に閉じ込められていた彼女と交流を持つうちに思いあい、結婚の約束をしたのだと男は言った。

彼はシルバーナが俺の子を宿していることを知っていたから婚約は無効だから気にしないでほしいと男は俺に言い、ただ彼女と会って話したいだけだと俺に彼女への許可を求めにきたのだった。筋の通った話だし、シルバーナに思う相手がいたことがショックだったし、なぜそれを俺に教えなかったのだという筋違いの怒りをシルバーナに覚えて俺は男に許可を出した。

屋敷に戻ると彼女はまだ応接室で、まだ元婚約者と話していると執事長に言われた。

どんな話をしているのかと気になって、客人なら俺が挨拶してもおかしくないという言い訳を引っ提げて俺は応接室に向かい、そこで二人が抱き合うのを見てしまった。二人は全裸で抱き合っていて、男の体の下に広がる白銀の髪から俺は女をシルバーナだと誤解した。

その場に飛び込んで二人を止めるなり、後日シルバーナに確認するなりすればよかったけれど……シルバーナにとって俺との結婚が妊娠したから仕方なくだと分かっていて、それをする勇気はなかった。

シルバーナを見るとあの日の光景が浮かぶため、俺はシルバーナに対して不自然な態度しか取れなかった。そんな俺を彼女は当然不思議がるが、理由を言えなかった俺はまともな対応ができなくて、俺とシルバーナの間には喧嘩が絶えなかった。

子どもができたから仕方がなく結婚したんだろうと詰る彼女に、俺はお互い様だと言い……そこからは泥沼。「離婚したって子どもは生まれる、ご愁傷様」とどっちかが言って「それなら離婚だ」とどっちかが応えて、俺たちは離婚した。

離婚届を神殿に出して受理されて、何をやっているんだと俺は自己嫌悪に陥って、もう臨月なのだから家を出ていくなら産んでからにしろみたいな手紙を送って俺はホテルで暮らし始めた。

その後、シルバーナはアルトを産み、産婆と侍女が目を離した隙に姿を消した。

俺が産んでから出ていけといったのもあったし、執事長がシルバーナが婚約者の男と馬車で逃げるのを見たといったから、その言葉を信じて何もしなかった。そして、シルバーナと婚約者の男を乗せた馬車がアイシアに向かう街道の崖の下で見つかった。

シルバーナの死体は見つからなかったが、あの日俺を訪ねてきた婚約者という男の死体が川から上がった。シルバーナが乗っていなかったという望みは、その後の調査で頑丈な馬車が内側から魔法で壊すのに必要な魔力量を算出してもらって絶たれてしまっている。

もっとちゃんと捜索していれば、と今でも後悔している。あのとき俺は、シルバーナは罰があたったのだと思った。俺を裏切った罰だと、ひどいときには「ざまあみろ」とさえ思っていた。

「ブラン」

アルトがブランの肩を叩く。ブランは再婚したマルグリットが産んだ娘だが、俺の娘ではない。

全ては俺の母とマルグリット、そして執事長の企てだった。多分あの婚約者の男も共犯だろうが、彼はシルバーナと共に死んでいるため答えは真実は分からない。

シルバーナの死亡を確認したあと、屋敷に戻った俺をマルグリットが訪ねてきた。浴びるように酒を飲んでいたから当時の記憶は定かではないが、翌朝俺のベッドで俺たちは裸で寝ていた。シーツに散る赤い血痕と「アーノルド様が無理やり……」と泣くマルグリットの言葉を信じ、俺は責任をとる形でマルグリットと結婚した。

あのとき、俺がマルグリットと関係を持ったかはいまも分からない。尋問してもあいつらの答えが正しいかは分からないし、真実を知る意味はない。俺がシルバーナを裏切ったのには変わりはないから。

「ナニー、の、ニーナ、だよ」

一言一言、ブランが聞き取りやすいように言葉を区切るアルト。

俺の罪なのだから、俺に罰があたればいいのに。俺の罪の代償はシルバーナと、そしてこの二人が負っている。誰に何をどう詫びていいか分からない。

ブランが生まれたとき、マルグリットの産んだ子を俺の子とは思えなかった。それが表情に出たのだろう、マルグリットは俺の子だと訴えた。マルグリットは必死に訴えたが、俺は別にブランが俺の子でなくても構わなかった。マルグリットを愛していたわけではなかったから。

誰が誰を愛そうと、誰が誰に体を許そうと子どもには罪がない。そんなことを思いながら俺はアルトとブランに接していた。大事にできていたかは、正直分からない。

真実を知るキッカケは暗殺ギルドの捜査。

このときは彼らがシルバーナを殺した実行犯とは知らなかった。ただ国王が暗殺されかけ、下手人を捕まえたら『鍛冶職人ギルド』の看板をぶら下げた暗殺ギルドだったから国王の命令で摘発しただけ。

―― いまさら奥方の復讐かよ!

縄を打った一人の叫びの理由が分からなかった。本当に分からず、もしかしてその男がブランの父親かと勘違いしたほどだった。そして押収した帳簿にコレヴィル侯爵家があった。誰が何をしたのか。金の流れと、奥方の復讐という男。当主である俺がその答えを知るのは簡単だった。

俺は執事長を騎士団に連れていき徹底的に尋問した。戦時中に捕虜にした以上の拷問を彼にして吐かせた。

―― 由緒正しきコレヴィルに異国人の血を混ぜるなど許せなかったのです!

あの婚約者は下町にいたアイシア人に大金を払って協力させただけの偽者で、あの日シルバーナは確かにその男に会ったが同郷のよしみというだけ。執事長はシルバーナの茶に睡眠薬を入れていたが王女であり虐げられてきた彼女には毒や薬は一切聞かず、俺が帰ってくる時間も近いということで計画は変更。マルグリットがシルバーナの代わりに男と関係を持ったという。驚いたことにマルグリット自身はかなり乗り気だったという。

エドガーが人を使ってマルグリットのことを探り、マルグリットは処女どころかかなり奔放に遊んでいた。当然俺が初めての相手ではなく、あの日の血痕はマルグリットの工作だと分かった。ここまで聞けば、直ぐに母の関与もしていると分かる。こんな企てをコレヴィルに異様なほど固執している母が知らないわけがないし、暗殺ギルドに払った金額は侯爵家の使用人や貴族令嬢が払えるものではない。仕事が忙しく当主代理を任せていた母だからこそ払える金額だった。

当然だ、あの戦女神と畏怖されるシルバーナの暗殺なのだから。

あの日、アルトを産んだばかりのシルバーナを執事長は馬車に乗せて指定の場所までシルバーナを連れていった。そしてシルバーナの殺害を依頼した暗殺ギルドにその馬車を襲わせた。

―― 流石お姫さんだな。俺たちに身を穢されてるのは耐えられないとばかりに崖から飛び降りたよ。

暗殺ギルドの男からシルバーナの最期を知り、俺はあの女たちを殺すことに決めた。俺は狂っていたんだと思う。アルトとブランのいる屋敷だというのに楽に死なせるものかとあの女たちを追い回し、悲鳴を上げて逃げる女たちを笑いながら追っていた。女たちが逃げた先が子ども部屋であることに気づかず、扉を蹴破った音にアルトが泣きだしたことで俺は正気に戻ったが手遅れだった。

あのときのことをなんとなく覚えているのか、アルトは俺を怖がっている。

すぐに慣れて笑顔を見せてくれるが、俺から声をかけると必要以上に驚くし、俺に話しかけるときは遠慮がちだ。アルトのその様子はブランにも移ってしまっている。

 ◇

ニーナがナニーになるとすぐ、子どもたちの雰囲気が変わった。気持ちが安定したというか、俺と接するときに屈託がなくなったような気がする。

「お父様、聞いて!」

今もそうだ。俺を出迎えたアルトは憤りながら『聞いて』を繰り返す。よほど腹立つことがあったらしい。

「今日、ニーナが丸いケーキを買ってくれたんだ」
「良かったな。美味しかったか?」
「うん、おいしかった」

アルトはシルバーナを知らないのに、素直でチョロいと感じるほど単純なやり取りが驚くほどシルバーナに似ている。にこっと笑ったあと、『言いたいこと』がまだ言えていないことに気づいてアルトはハッとする。本当にシルバーナに似ている。

「そうじゃないの。ケーキを半分こしたのをニーナが食べちゃったの。僕とブランはもっと半分こしたのに」
「……それはまた」
「ニーナは大人だからいっぱい食べたんだって。僕たちは子どもだからダメって!」

……大人げない。

「だから”ケット―”したの」
「けっとー……決闘?」

どうして、そうなった?

「いやだなって思ったら、こぶしでショーブなんだって。だからケット―」

なんて理論……いや、俺とシルバーナも同じことをやったな。

しかし決闘など疲れるだけ。いや、勝敗がつけば別か? とりあえず決闘すれば分かり合えることなどない。それは物語の話。決闘しようが気に食わないものは気に食わない。俺とシルバーナは普通に話していることのほうが遥かに少なく、基本的にけんか腰で話しをしていた。

「なにを賭けて決闘したんだ?」
「ケーキ!」
「ケーキ? 食べちゃったんだろ?」
「うん。お父様、あたらしいの買って」

おお、ちゃっかりしている。

「それで決闘はどっちが勝ったんだ? 買ってということはアルトが勝ったのか?」
「ニーナ」

それは、ニーナが食うケーキを俺が買うってことか? いや、息子のツケだから買うけど……。

「負けたの。くやしいの。だから、トックンしてください!」
「特訓? 俺と? ニーナじゃなくて?」
「ニーナはおしえるのが下手なんだって」

下手で押しつけるなよ。俺、雇い主。

「まほ、まほ」

足にぶつかってきたブランもやる気だ。そんなブランを追いかけてニーナがやってきた。

「お帰りなさいませ」
「ああ……」
「ニーナ、あっちにいって! 僕、トックンするの!」

……可愛いな、アルト。

「アルト様、可愛い」

俺もそう思った。アルトが可愛いのは真実だから別にそれは構わない。だが、この状況で「可愛い」と言われて喜ぶ男はいない。アルトは幼いが立派な男だ。

「かわいくない! 僕、つよい!」
「決闘に負けて泣いたのに」

火に油を注ぐ無神経さ……ニーナはシルバーナの生まれ変わりか? いや、生まれ変わりなら二歳より幼いはず。それじゃあ、もしかしてブランが……。

「泣いてない!」
「泣きました」
「泣いてないったら泣いてないの! もえろ、ほの……」

あ、まずい。

「青き精……」
「|消火《エクスティンクション》」

は? え? アルトの渾身のファイアーボール(マッチの火並み)が消された、一言で。しかも「消火」。放水じゃなくて「消火」……いや、その前に魔法の起動が早い。詠唱が短くてロマンがないのもあるが、こんなに早いなんて……

「ニーナ、いまのなに?『しょうか』ってなに?」

息子よ、負けた悔しさよりも火が突然消えたことが気になったのか。うん、勉強熱心でいいぞ。ただ風魔法で真空をつくって消すアレの原理はお前にはまだ難しいかな。

「火が燃える材料を消しちゃうんです。水で消すと床が濡れちゃいますし」
「ことばだけ!」
「一言でも魔法は使えますよ」
「エクスティンクスィオン?」
「エクスティンシオン? あれ? エクスティンクスィオン? ……やだ、舌噛みそう。詠唱中に舌を噛むとどうなるんですか?」

ニーナと子どもたちの目が俺に向けられる。

「不発だな」
「では、詠唱を間違えると?」
「威力七割減。だから間違えないように練習するんだ」
「早口言葉の?」
「違う!」

シルバーナみたいなことを言うな。

「魔法詠唱だ」
「閣下、『パブリートはハゲ頭の男の頭に小さな釘を打った』って三回噛まずに言えますか?」
「誰だ、パブリートって?」
「さあ、トンカチ持った男の子でしょうか」

こいつ、マジでシルバーナ……え?

え? シルバーナ? どうしてシルバーナ? なんでシルバーナ?

……いま、俺の目の前にシルバーナがいる。アルトとブランに挟まれる形で俺を見ているし、その杏子色の目に俺が映っている。

「ど……うして?」
「釘を打つため?」

素っ頓狂なことを言いながらシルバーナが首を傾げる。声も、シルバーナだ。錯覚じゃない。いまはもう夢の中でしか触れられないと思っていた白銀の髪が目の前で揺れる。

認識阻害……エドガーか!

 ◇

「エドガー!!」

先触れなく部屋に怒鳴り込んできた俺を見て、エドガーはため息を吐くと人払いをした。二人きりになると部屋に防音魔法をかける。

「思ったより早かったね。見た目を変えただけで人格はそのままだから、直ぐに分かるか」

掴みかかる俺にエドガーはため息を吐くと、頭の上から水がザバッとかけられた。『頭を冷やせ』という意味なのだろうが、中に入っていた氷が当たって痛かった。

「何て言って家を出てきたの?」
「仕事があると言ってきた。行ってらっしゃいと言われた」
「よかったね。それで、シルヴィに何か言った?」
「いや、先に話を聞こうと思ってこっちにきた」
「いい判断だったよ」

俺の言葉にエドガーは一息つき温風をぶち当ててきた。一気に乾きはしたが……エドガーは本気で怒っている。

「シルヴィの暗殺未遂から二年後、僕のところにシルバーナから連絡があった。誰にも知られず一人で来てほしい、一人で来なければ殺すとね。相変わらず狡い女だよね。僕が彼女の頼みを断れないことを分かっていて、|僕《・》を呼び出すんだから」

エドガーはシルバーナを愛している。それと同時にエドガーの半分であるエディスは俺を愛している。傍から見れば変な三角関係かもしれないが、エドガーとエディスの俺たちに対する愛情は無償のもので、強いて言うなら俺がアルトやブランに感じているものに近い。

「シルヴィが呼び出したのはあの馬車の残骸が見つかったところから二十キロほど|上流《・・》の洞穴。川に落ちたところまではこれまでの証言と同じ。シルヴィは最初は違うところにいたけれど、そこで動けるまで自分で自分に治癒魔法を使っていたみたい。そして動けるようになると上流に移動……全く、逞しくなっちゃって」

「どうして事故から二年もたって?」
「シルバーナは僕も敵だと疑っていたってこと。だから万が一のときは戦えるように力を十分回復させるまで僕にも連絡しなかったことだけだよ」

エドガーの言葉に俺は唇を噛む。エドガーですら母たちの味方だと思われていたのだから、俺など彼女からすれば……。

「疑いが晴れた僕は彼女に聞かれるままにコレヴィル侯爵家のことを話した。当然君とマルグリット元夫人の再婚の話もね。シルバーナはよかったと言っていたよ」

俺とマルグリットの結婚が? よかった? やっぱりシルバーナは……。

「シルバーナはずっと自分のせいで君とマルグリットの婚約が駄目になったと思っていたんだけど」
「え?」

「説明しなかったの? マルグリットとの婚約は戦争に行く前に『生きて帰ってこれないかも』的なやつでなんとか白紙にしたのに、そのあと婚約の決まらなかったマルグリットが周りにいき遅れと笑われはじめたから君の婚約者を自称していたってこと」
「説明した……いや、してない? いや、言った……と思う」

反射的に俺は腹を押さえた。王都に凱旋した日、マルグリットに突然口づけられて訳が分からなくなくなり、とりあえずシルバーナに何か言わなければと思っていたら思い切り殴られた。

「見事なボディブローだったよね。君が護身用にと体術を教えたりするから」
「すっげえ、痛かった」

でも、シルバーナはもっと痛かったはずだ。

「二年も穴倉生活だったのか……」
「まあ、見た目はああでも深窓の姫君じゃないからね。森での生活もそれなりに楽しんでいたみたい」
「ほんと、逞しい女」

––– このままどこかに姿を消してしまおうか。

逞しいけれど、いつこの世から姿を消すか分からない儚さがあった。あの日、自分たちの落とした城の回廊にいたシルバーナは月を眺めながらそう言った。

そんな彼女を傍にとどめるため口付けし、花を散らし、その胎に胤を残した。

シルバーナを一度抱いたことで|箍《たが》が外れ、王都まで戻るときも隙を見つけては野営地から抜け出してシルバーナを抱いた。

戦争は予定より短かったがそれなりに長く、俺は二十五になっていた。幸い婚約者もいないし(まさか自称義アルトは思わず)、凱旋後はマジフォード子爵になることが決まっていたシルバーナとの結婚には問題ない。体の関係から始まる恋もあるけど、シルバーナは関係があるだけじゃ結婚してくれそうにないから妊娠させてしまおうと思っていた。

「僕さ、君たちが抱き合っている最中に出くわしたことがあったろ?」
「ああ、シルバーナは気づかなかったがな」

軍隊の野営地周辺は命のやり取りの影響もあって彼方此方で男と女が喘ぎ声を漏らす。シルバーナは知らないが、エドガーもエディスも精力的なタイプなので頻繁に野営地を抜け出していた。

「あれ見てさ、我が子の濡れ場を見た複雑な心境を味わいつつ『ようやく上手くいったか』って喜んだんだよね。それなのに、告白もせずに関係だけ持っていたなんて」

ぐうの音も出ない。

「子ども、できててよかったね」
「そう思う」
「ちなみにシルバーナは自分が妊娠したから仕方がなく君が結婚したと思っているから」
「は?」

「義務感とか責任感でそう言っているって思ってる。そしてアルトがいる以上、違うの証明は難しいんだよね」
「……それじゃあ……どうしろと」

時間は戻せない。今更過去に戻って「愛している」と言うことができないのに。

「それでニーナの登場さ。ニーナを通してシルバーナが君に今も昔も深く愛されていることを理解してもらおうって作戦」

「やはり、ニーナは自分がシルバーナだと知らないんだな」
「そう。あのシルバーナに認識阻害をさせたんだ、骨が折れたよ。当然脳に影響が出ている、ニーナの中にシルバーナの記憶はない」

「ずっと?」
「まさか。あのシルヴィ相手にそれは無理だ。ずっとギチギチ状態。思い出すことで認識阻害が解けるのは危ないと思って安全装置として認識阻害が先に解けるようにしておいた。ニーナが君に恋をしたら認識阻害が解けシルヴィに戻る」

「どうしてそんな条件に?」
「シルヴィに自覚してほしいと思ったのと、君の勇気になるかなって。ニーナは自覚ないけれど見た目が違うだけでシルヴィだからね。ニーナの恋心はシルヴィの恋心……素敵だろう?」

……ちょっと待て。

「思い出したら、どうなる? 夫が自分の死後すぐに元婚約者と結婚していた。しかも子どもの生まれ月からして自分が存命中に二人は関係をもっていたかもしれないというタイミング……たとえ千年の恋でも冷めないか?」

……おい、目を逸らすな、目を!

「そうなったときのことは、考えていないんだな」
「あ……まあ、うん、そうだね……」

どうしろっていうんだ!?

 ◇

エドガーの話を聞いて、俺はシルバーナには『ニーナ』でいてもらうことにした。いい手を思いついたらと思うのだが、全く思いつかない。

だから俺とニーナで、雇用者と被雇用者の関係。そのはずなのに……気づけば子どもたちが寝た後に酒を飲み交わす仲になってしまっていた。

「今日のワインは軽め、と思いまして」
「君は重めが好きなのか」

ニーナとの時間は、俺がシルバーナを知ることができる時間で好きだった。ワインのことだって、軽めの白ワインが好みだと思っていたが渋みの強い赤ワインを好むと知った。

シルバーナのもつグラスの中、白いワインに月の光が解けている。夢みた光景。月の綺麗な夜はいつもこうして、シルバーナが向かいで微笑んでくれるのを想像しながら一人でワインを飲んでいた。

夢に見た光景をジッと見ているとシルバーナが瞳を揺らす。まずいと思った。

「シルバーナも重めのワインが好きだったんだ」

ニーナの中に恋慕が生まれそうになるたび、俺はシルバーナの名前で消していく。彼女は聡い。シルバーナの名前を出すことで、ニーナの中の恋慕はすうっと消える。恋してほしいのに、恋してほしくない……本当にどうすればいいのか。

「閣下は、お友だちが少なさそうですね」

シルバーナの目が俺を責める。俺に対して『友だちなのか?』と問いかける。俺と関係を持ったあと、シルバーナはよく俺をこんな目で見た。俺たちの関係に名前をつけたがっているような目。あのときの俺から俺は何も成長していない。彼女に振られるのが怖くて、好きだと言うことができない。

「処罰したいならどうぞ。飛ぶ首は私のとエディスのだけですし」
「エドガーのやつ、とばっちりだと騒ぐぞ」

どちらが先か分からないけれど、俺たちは笑う。シルバーナの笑う顔はとてもきれいだ。笑い終わったシルバーナが月のほうを見る。その姿は息を飲むほど美しく、いまにも月に解けそうで怖くなる。

「閣下、昇給してください」

突然の昇給願い。なぜか分からないが『金』という生々しい現実にシルバーナの儚げな美しさが消えてホッとする。

「なんでこのタイミングでその要求なのか分からないが、何か昇給に相応しいことをしたのか?」
「アルト様とブラン様の絵です」

そう言ってポケットから出したのは、なぜかアルトとブランだと分かる不思議な絵。

「差し上げます。お礼は昇給という形でお願いいたします」

昔から不思議だったが、どうしてこんなに絵に自信があるんだ? これならブランの絵のほうが上手いぞ。
 
―― 私より下手だったら笑ってやろうと思ったのに、つまらないの。

ブランと絵の勝負をすれば、あの日戦場でみせたように悔しそうな顔でブランを褒めるに違いない。

「全く、君は昔から下手の横好き……」

しまった!

「閣下……?」

反射的に口を手で覆い、顔を背けてしまう。馬鹿だ、こんな反応をしたらさっきの言葉を誤魔化すことができない。

「……すまない、シルバーナと間違えた」

考えろ。

「シルバーナはそれはもう絵が下手で……いや、描いてあるものは分かるのだから下手とは違うのだろうな……前衛的?」

前衛的は絵の評価の一つだが、今回においては誉め言葉ではない。案の定、シルバーナは膨れた。「すまない」と謝ったが、直ぐに前衛的であることを肯定したことに気づいてまた失言を反省する。

「月が綺麗な夜ですものね」
「そうだな、今夜は月が綺麗だ」

どうやら月に惑わされたの失言、にしてくれるようだ。シルバーナは満月を見た。今夜の月は綺麗で、とても大きくて近くにあるように見える。まるで、あの日荒城で見上げた月のようだ。

「トーロ……」

……え?

シルバーナの小さな呟きに時が止まった。『トーロ』、それはシルバーナだけが俺を呼ぶ愛称だ。

「ニーナ!」

違う、君はニーナだ。シルバーナの体が白い光に包まれ、瞬く間に白い球になる。

「駄目だ! 違うっ、やめてくれっ、思い出さないでくれ! 頼む…………|シルバーナ《・・・・・》!!」

必死に手を伸ばし光を掴んだが、開いたときには何もなかった。

 ◇

「コレヴィル侯爵……エドガー師団長はどこかに行ってしまってですね、我々も困っているのですよ」
「俺も困っている」

左様ですか、とエドガーの副官は項垂れる。いつも彼のことはエドガーに振り回される苦労性だと思っていた。でも毎日頑張れている。だから大丈夫、まだまだ君はできる。だから俺をエドガーに会わせろ。

そんな念が通じたのか、「エドガー師団長!?」と突然彼が宙を見て叫んだ。分かる、俺もあれやる。エドガーからの遠話だ。

「はい、いらしてます……はい。はい……はい!? え!? 死人を復活させる手続き? それ、何の儀式ですか? アンデットの実験ですか? って、師団長!? エドガー師団長!? エドガー様! おい、こらっ!!」

……苦労してんな。

しかし『死人を復活させる』か……簡単に言ってくれる。いや、簡単にすませるつもりだな。エドガーとシルバーナだ。本人確認を求められ、手っ取り早いで高火力の魔法をぶっ放す可能性がある。

「爵位と個人資産はアルトにあるから……あ、しまった」

俺とシルバーナは離婚している。彼女は生き返ったらシルバーナ・マジフォード子爵、俺の元妻だ。

「まずは謝る? いや、謝って許すような女か? 許さないよな、怒って国一つ亡ぼすような女だ」

「お父様、女って誰?」

足元から聞こえた声に俺はハッとした。起こしてしまったか。

「お父様、ここどこ? ニーナは?」
「ニーナは……」

ニーナはシルバーナで実はお前の……とか言ったら驚くよな。驚くけど喜ぶよな。アルトが喜んだことで煙に巻くか? いや、絶対に巻かれないだろうが時間稼ぎはできる。

また、時間稼ぎか脳がないな。

あ……そうだった。

「贈り物があるのを忘れていた」

地下牢に丁度いいのが三人もいる。あれをシルバーナにプレゼントして暫く遊んでいてもらおう。

シルバーナはアイシアの王族に頼まれて彼らの助命嘆願をした。ただこれは処刑しても一時の憂さ晴らしでしかないから。「あの人たち、魔力だけはあるのよ」とか「馬鹿と鋏は使いよう」と言って彼らの特性を書いた一覧を国王に宛てて出した。

―― 肉体労働をせいぜい頑張ってもらいましょう。お異母兄様、自慢の美貌をボロボロにして悲鳴をあげるほど嫌だった筋肉マッチョになればいいのだわ。

北のアイシアは線の細い美青年がもてたらしい。俺のような”トーロ”は筋肉馬鹿と鼻で笑われるとか。

―― 食べて寝れば魔力は回復するんだから、魔石を使った魔導具を使うよりよほど経済的だわ。

寝て食べることも労働の一環。常に労働。それは蝶よ花よと育てられたタイプには死よりつらい復讐になると高笑いしていた。

「俺もエドガーもあんな女のどこを愛しているんだか」

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